寺内樺風の生い立ちや現在、家族は?埼玉少女誘拐事件の全貌も!

2016年に起こった『埼玉少女誘拐事件』は、2年間監禁されていた被害者が逃げ出したことで事件が発覚しました。犯人の寺内樺風は指名手配の末に逮捕されました。この記事では、犯人の寺内樺風について触れていき、事件の概要や裁判の様子を紹介していきます。

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目次

  1. 1埼玉少女誘拐事件の犯人【寺内樺風】
  2. 2寺内樺風の生い立ち
  3. 3寺内樺風の家族・実家
  4. 4埼玉少女誘拐事件の概要・詳細
  5. 5埼玉少女誘拐事件における寺内樺風の手口
  6. 6埼玉少女誘拐事件の裁判・判決
  7. 7埼玉少女誘拐事件の被害者少女【斎藤杏花】
  8. 8寺内樺風のその後と現在
  9. 9順風満帆の人生を送っていた寺内樺風の闇

埼玉少女誘拐事件の犯人【寺内樺風】

2016年3月28日、静岡県で血まみれの男性が逮捕されました。名前は『寺内樺風(てらうち かぶ)』といい、少女を誘拐・監禁していたとして指名手配されていました。寺内樺風は頸動脈を切って自殺を図っていましたが、死ぬことはできず、警察に身柄を確保されました。

手錠

この記事では、埼玉少女誘拐事件の犯人・寺内樺風の生い立ちや事件の概要、裁判の様子や判決などを紹介していきます。まずは犯人である寺内樺風の生い立ちからの紹介です。

以下、閲覧に注意してください。

寺内樺風の生い立ち

順風満帆な生い立ち

寺内樺風は大阪府出身です。中学は関西でもエリート校である大阪教育大付属池田中学校へ、高校は同じ敷地内の高校へと進学しました。高校の頃にはライトノベルに夢中になり、キャラクターのキーホルダーを鞄につけていました。

数学

寺内樺風は小学校の頃から算数が得意で、大学は千葉大学工学部へと進学します。千葉大学ではコンピューター解析を学んでいます。千葉大学で親しい友人はいなかったようですが、話せば会話は弾んだりと、寺内樺風の千葉大学の同級生からの印象は悪くはありませんでした。

セスナ

寺内樺風は5年かけて千葉大学を卒業しました。千葉大学を休学し、セスナ機のパイロット資格と取得するためにアメリカへ渡ったからです。消防設備関係の就職も決まり、千葉から中野へ引っ越しています。寺内樺風のここまでの生い立ちは、まさに順風満帆でした。

寺内樺風の家族・実家

実家は防犯グッズの販売

寺内樺風の実家は大阪府池田市にあり、父親はインターネットで防犯グッズの通信販売を行っています。豊富な種類の防犯グッズが売られており、実家の経済状況も安定しているようです。

実家の父親は「お金がかかって仕方がない」と近所の人に話しながらも、寺内樺風のアメリカ行きの援助をしたと考えられています。

防犯カメラ

寺内樺風自身もそんな父親を尊敬しており、「社会経験を積んだら、会社を継ぐ」と語っていました。しかし、寺内樺風は事件を起こしてしまいました。実家の通販サイトは一時アクセスできない状態が続いていましたが、現在は営業を再開しています。

埼玉少女誘拐事件の概要・詳細

ここからは誘拐監禁事件の内容について触れていきます。犯人はどのように誘拐におよび、どのように監禁したのかなどを紹介していきます。

埼玉少女誘拐事件の概要

事件は2016年3月27日に判明しました。監禁されていた部屋から逃げ出した少女が、東中野駅の公衆電話から実家の親と警察に連絡をしました。事件が明らかとなり、少女は2年間に渡り監禁されていたことが世間に衝撃を与えました。

黒い手錠

被害者の少女に怪我などはなく、無事に保護されました。事件が発覚すると、警察は犯人の男性・寺内樺風を指名手配します。寺内樺風は静岡県まで逃走し自殺をはかりましたが、血まみれの状態で警察に見つかり、逮捕されました。

寺内樺風の歪んだ欲望・犯行動機

裁判で語った寺内樺風の犯行動機とは「女子中学生か女子高校生を誘拐、監禁して社会から隔離し、その変化を観察したい」という歪んだものでした。寺内樺風はあくまで観察したいという欲望を持っていたため、被害者に暴力を振るったり性行為に及ぶことはありませんでした。

本

寺内樺風は、誘拐の前に過去の誘拐・監禁事件や洗脳に関する本を読んでいるなど強い興味を持ち、犯行に向けて準備をしていました。本を読みながら、実際の犯行の様子をイメージしていたのかもしれません。

被害者少女を拉致

寺内樺風は洗脳方法だけではなく、誘拐する相手も前もって調べていました。埼玉県朝霞市で下校中の女子中学生の後をつけ、少女の実家や名前などを事前に把握していました。犯行中に身元がばれないように他の車からナンバープレートを盗んで偽装するとともに、近隣の中学校の行事のインターネットで調べ上げていました。

ナンバープレート

そして下校した少女に寺内樺風は「両親が離婚することになった。弁護士から話がある」と話しかけ、少女を車に乗せました。車の中でアイマスクをさせると、「離婚の話は嘘だ。本当は借金があり、両親はあなたの臓器を売ってお金を作ろうとしている」と聞かせました。

被害者少女を2年に渡り監禁

東中野のアパートに少女を連れ込むと監禁し、それが2年間続きました。寺内樺風はその間も大学に通い、アルバイトもしているなど、日常生活を送っていました。ドアには簡単なかんぬきや南京錠をかけて閉じ込めていたのですが、さらに恐ろしいのはその洗脳の手口でした。

埼玉少女誘拐事件における寺内樺風の手口

埼玉少女誘拐事件は、一般的な誘拐監禁事件とは違い、入念な準備の上に成り立った卑劣な犯行です。寺内樺風はどのように少女の精神を苦しめていったのでしょうか。

アサガオの種から抽出した麻薬成分を少女の食事に混入

寺内樺風は被害者の少女を洗脳するために、アサガオの種から抽出した成分を食事に混ぜていました。一部のアサガオの種には「リゼルグ酸アミド」という成分が含まれており、強力な幻覚剤LSDに似た幻覚症状を引き起こすとされています。

アサガオ

LSDほど効力は強くないものの。アメリカなどではパーティードラッグとしてアサガオの種を飲み込み、病院に担ぎ込まれるなど問題となっています。古くは1960年から知られており、その当時から若者たちはトリップするために使っており、寺内樺風もそれを事前に調べ上げていました。

【家族から見放されている】と繰り返し洗脳

また、寺内樺風は被害者の少女に「君は家族から見放されている」と繰り返し、精神的にも追い詰めていきました。そう繰り返すことで抵抗する気力を奪い、被害者の少女を「ペット」のように扱っていました。

公衆電話

被害者は一度部屋から逃げ出したことがありましたが、公衆電話が見つからず、他の人に助けを求めましたがまったく話を聞いてもらえなかった経験があり、被害者はショックで絶望し、「誰にも助けてもらえない」と思い込むようになってしまいました。

女性・パソコン

しかし、被害者の少女は諦めませんでした。寺内樺風が許可していたパソコンで少女は「味方だよ。ずっと待ってるよ」という両親からメッセージを見つけ、絶対に逃げたいと思うようになりました。寺内樺風に洗脳されたフリを続け、部屋から逃げ出した時には生徒手帳を持って出るなど、機転を利かせました。

埼玉少女誘拐事件の裁判・判決

卑劣な誘拐監禁事件の犯人として注目されましたが、裁判中の寺内樺風の様子は呆れるほど格好悪いものでした。

奇声を上げ、詐病に逃げる

埼玉少女誘拐事件の裁判が始まりましたが、寺内樺風は法廷で奇声を上げながら入廷するなど、奇行が目立ちました。裁判中に名前や生年月日、本籍などを問われても虚偽の答えを返すなど、寺内樺風の言動には注目と非難が集まりました。

裁判・ハンマー

寺内樺風は裁判中「職業は森の妖精」「今ならからあげクン1個増量中」など、意味の分からない言葉を繰り返し、弁護側は「統合失調症」を主張し、裁判は寺内樺風の責任能力の有無について争われました。

妖精

「いつもこの調子ですか?」という裁判長の問いに対し、寺内樺風の弁護人は「今朝からこの調子です」と答えたことで、寺内樺風が精神疾患を偽っていることが明らかとなりました。判決は懲役9年と言い渡されると、それまでの言動を止め、落ち着いた様子でした。

埼玉少女誘拐事件の被害者少女【斎藤杏花】

現在もPTSDに苦しむ

寺内樺風の自宅から逃げ出し、無事に保護された被害者の斎藤杏花さんですが、監禁中は食事も出て、暴力を振るわれることもなかったようですが、現在でもPTSDに悩まされながら、寺内樺風に奪われた2年間を取り戻そうとしています。

少女・泣く

判決が出た今でも、肉体的には無事でしたが精神へのダメージは大きく、心身ともに成長する思春期の大切な時期を奪われたことに変わりはありません。

寺内樺風のその後と現在

現在、服役中

寺内樺風は、現在も服役しています。求刑では懲役15年でしたが、身体的な暴力などがなかったことが考慮され、判決は懲役9年となりました。また、千葉大学での卒業も取り消されました。

刑務所

裁判中に奇声を上げ、詐病に逃げていて反省の色が見られなかった寺内樺風ですが、判決を受け入れて控訴しませんでした。しかし、寺内樺風が刑務所の中で本当に罪を償っているのかは分かりません。

順風満帆の人生を送っていた寺内樺風の闇

なぜ犯行に及んだのかは謎のまま

生い立ちにも恵まれ、勉強もでき、大学も難なく卒業し、就職先まで決まっていた寺内樺風が、なぜ監禁事件を起こしたのかは、謎のままです。生い立ちのせいなのか、それ以外の影響なのかということも、寺内樺風は裁判でもまともに語らなかったため、真相は曖昧です。

?マーク

判決が出て、犯人の寺内樺風は服役していますが「判決が懲役9年は短すぎる」「まったく反省していない」など、現在でも多くの非難の声があります。再び同じような事件が起こらないことを願うばかりです。

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この記事のライター
優木 きよら

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