『北九州監禁殺人事件の全貌』緒方純子・松永太の一家洗脳惨殺事件

かつて日本全土を震撼させた北九州監禁殺人事件。緒方純子・松永太が一家を洗脳し惨殺したその事件は、あまりの凄惨さ、あまりの残酷さゆえに報道が控えられるほど。北九州監禁殺人事件を起こした緒方純子・松永太とはいかなる人物なのか?サイコパスってどういう意味?

『北九州監禁殺人事件の全貌』緒方純子・松永太の一家洗脳惨殺事件のイメージ

目次

  1. 1北九州で起きた一家監禁と連続殺人事件
  2. 2『北九州監禁殺人事件』の概要
  3. 3一家監禁連続殺人事件は北九州で起きた
  4. 4異常、残虐、凄惨を極める『北九州監禁殺人事件』
  5. 5それでも、それゆえに報道されなかった『北九州監禁殺人事件』
  6. 6『北九州監禁殺人事件』の主犯「松永太」とは
  7. 7『北九州監禁殺人事件』にみるサイコパス
  8. 8松永太はサイコパスか
  9. 9『北九州監禁殺人事件』における被害者たち
  10. 10『北九州監禁殺人事件』の一部始終を目にした「緒方純子」
  11. 11緒方純子の生い立ち
  12. 12緒方純子は被害者でありながら加害者なのか?
  13. 13『北九州監禁殺人事件』を追うーその1ー
  14. 14『北九州監禁殺人事件』を追うーその2ー
  15. 15『北九州監禁殺人事件』を追うーその3ー
  16. 16『北九州監禁殺人事件』の発覚
  17. 17松永太、緒方純子両名に下された判決
  18. 18被害者たちは松永太から逃げられなかったのか
  19. 19『北九州監禁殺人事件』にみる洗脳の恐怖
  20. 20『北九州監禁殺人事件』その後
  21. 21『北九州監禁殺人事件』おわりに

北九州で起きた一家監禁と連続殺人事件

2002年3月に発覚した『北九州監禁殺人事件』は、最初の殺人(1996年2月)から数えて6年間ものあいだ行われた殺人・詐欺・監禁・恐喝など多数の犯罪行為をまとめた呼称です。
『北九州監禁事件』の全てに主犯である松永太がかかわり、ほとんどの事件に松永太の内縁の妻である緒方純子が関わっていました。

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松永太

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緒方純子

『北九州監禁殺人事件』の概要

当記事では、『北九州監禁殺人事件』において被害者でありながら加害者である人物の数が多すぎること、また、松永太の犯行範囲が広すぎることから、加害者を松永太・緒方純子に限定し、被害者を、Aさんとその父Bさん、緒方一家(緒方純子からみて父をOさん、母をPさん、妹をQさんとする。また、緒方家の婿養子でQさんの夫をSさん、その子供で緒方純子の姪をTさん、甥をUさんとする。)に絞って説明します。

繰り返しますが、『北九州監禁殺人事件』に関わる被害者の数は、当記事に記載される限りではなく、相当広範囲に及ぶものでした。

Aさんは『北九州監禁殺人事件』が行われていた期間、松永太・緒方純子と生活を共にしていた人物で、犯行を露見させるに至った脱走を試みた人物でもあり、当記事における被害者の中で唯一の生存者です。

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『北九州監禁殺人事件』関連図

『北九州監禁殺人事件』は、多くの人が洗脳され、連続して殺害された凄惨な事件です。

主犯である松永太は殺害に直接かかわることはなく、彼に洗脳された緒方純子や監禁・洗脳された一家を使役し、親子の区別なく間接的に殺害しました。
松永太は金銭を毟り取れる相手を「金主」と呼び、ありったけの財産を奪い、消費者金融から金を借りさせ奪い、その金で生活をしていました。この金銭の強奪は、「洗脳」によるものでした。
Aさんは監禁状態から脱走を試み、祖父母に助けを求め、『北九州監禁殺人事件』から生還しました。

加害者の松永太・緒方純子は逮捕され、2011年、松永太に死刑判決、緒方純子に無期懲役刑判決が下り、事件は収束しました。
 

事件は、なぜ起きた!

・被害者たちはなぜ「洗脳」されてしまったのか?
・松永太はなぜ「洗脳」することができたのか?
・犯行に及ぶまでの生い立ちはいかなるものか?。

事件にまつわり浮上する様々な疑問について後述します。

一家監禁連続殺人事件は北九州で起きた

被害者である緒方さん一家は北九州のあるマンションの一室で洗脳、監禁を受け、後に惨殺されました。
事件当初、北九州を中心にいくつかの報道がなされたようですが、調査を進めていくうちにその酷たらしい事実が次々と明らかになったため、全国的な報道は控えられ、事件の詳細は伏せられてしまうようになりました。
類似の事件として2012年に大阪・尼崎市で発覚した『尼崎事件』というものがあります。
犯罪史上まれにみる凶悪な事件ではありますが、決して起こり得ないものではないですね。

異常、残虐、凄惨を極める『北九州監禁殺人事件』

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北九州監禁殺人事件の主犯、松永太の手口は非常に狡猾で異常なものでした。
まず相手の弱みにつけこみ、執拗に罪をあげつらい責めることで自尊心を失わせ、判断力の鈍った相手に罪を告白するような文書を書かせます。
文書の形式は様々で、契約書、誓約書等のかたちをとりますが、その内容はいずれも自身の罪を認めさせることを中心にしていて、これをばらまくぞ、ふれまわるぞ、といった脅し文句で屈服させます。

次に、身体的な苦痛を与えて上下関係を植え付けます。その身体的苦痛とは「通電」と呼ばれるもので、電気ケーブルを改造し、コンセントから体に電気を直接ながすという残虐なものでした。
松永太は裁判で「あれはしつけの一環であり、行為の前に必ず理由を説明していた」と述べたようですが、その理由は様々でも、よもや無罪とはならない状況ばかりでした。

まして松永太はただの一人の人間ですから、罪を裁く権利など有しませんが、強い精神的・肉体的苦痛を連続的に浴びせかけられた緒方さん一家を含む被害者の方々は、これに従うほかないという思考が植え付けられていました。
「通電」は非常に洗脳への効果が強かったとされています。

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緒方純子受刑者

それでも、それゆえに報道されなかった『北九州監禁殺人事件』

罪を世間にばらしてしまうぞ、という脅しから「通電」の恐怖へと束縛の理由をシフトさせ、松永太はマンションの一室内に序列を作りました。
自身を頂点におき、緒方純子、Aさん、緒方一家に序列を争わせ、「通電」の恐怖から逃げるよう仕向けました。
序列が最下位の者に「通電」し、最下位の者は他の誰かの罪を発見し、密告すれば「通電」を免れる、というシステムでした。
また、松永太は被害者たちが結託しないよう、一家内の対人関係を狂わせるよう工作しました。被害者の女性全員と肉体関係を結び、「通電」が行われる以前から聞き出しておいた互いに対する不満を暴露し、裏切りを捏造し、自身の権力を増大させました。

結果、彼らは誰一人として互いに信頼することなく、協力して松永太に歯向かうという意思、思考さえ奪われることとなりました。

日常的に行われた「通電」は、皮膚が爛れたり、耳が遠くなったり、精神に異常をきたしたりするなど、生活に支障が生じるほど強い衝撃のものでした。

事件について書かれた書籍、豊田正義著『消された一家—北九州・連続監禁殺人事件—』、中尾幸司『絶望裁判』の両著によると、

「顔面に通電されると、1秒でもものすごい衝撃で激痛が走り、意識が遠のいて目の前が真っ暗になり、このままどうなるかという恐怖感があった」
「顔面への通電で判断力を失い、何も考えられなくなったことがある。生きていくのが嫌になり、生きていたいという意欲が削がれた」
「肉が食い込み、締めつけられ、千切れるような熱感で身体が捩れ、息ができず歯を喰い縛った」
「脳天に突き上げられる衝撃で目の前が真っ暗になって倒れて気を失った」
「筋肉が引き攣って痛くて火傷をし、一発で気持ちを圧し折られてしまう」
「乳首に通電されるとちぎれるような痛みがあり、心臓がバクッとして胸にドンという電気の衝撃があり、仰向けに倒れたことがあった。眉毛への通電では、目の前に火花が散って真っ白になりそのまま失神した」
「性的な意味で自分という人間を否定されるような屈辱感があり、石にでもなってしまいたかった」

など、数々の証言が残されています。

『北九州監禁殺人事件』の主犯「松永太」とは

松永太の生い立ち

ここで一連の監禁殺人事件の主犯である松永太の生い立ちについて述べます。
松永太は、1968年4月26日、北九州市小倉北区の畳屋の家に生をうけました。
幼少期の松永太の様子については、松永太の血縁者たちが全くの取材拒否を貫いているためか、調査は不可能でした。
小学生時代からの松永太の生い立ちについてはいくらかの情報があるので箇条書きにしてみましょう。

●小学生時は全学年・全科目ほとんどオール5
●中学生時、一年生ながら三年生をも抑え弁論大会に優勝
●部活動ではキャプテン

実質は定かではありませんが、優秀とされて生きていた子供時代の生い立ちと言えるでしょうね。
頭の回転が早く、弁論に長けていたようです。この特徴は洗脳におおきな利点をもたらしました。

松永太は高校時代に、家出少女との不純異性交遊を理由として退学処分を受けています。
この後に男子校へと転学し、卒業後は福岡市の菓子屋に就職するも10日で退職。
実家の畳屋を継ぎ、これを布団販売業へと転換しました。
その布団販売業は、粗悪品を高値で売りつける詐欺商法でした。
ここに松永太の親戚で詐欺に詳しい人物が居り、そのアドバイスがのちの詐欺・洗脳に大きく影響したとも言われていますが定かではありません。

詐欺の布団販売業を営みながら松永太は19歳で結婚。20歳で男児をもうけています。
この詐欺商法が明るみになり、指名手配されるところから北九州監禁殺人事件は始まったと言えるでしょう。

『北九州監禁殺人事件』の主犯「松永太」の異常性

被害者の一家を連続して殺害するが、それも自身は手を汚さずに、罪を被らないよう周到に根回しをする。
殺害を促したり殺意を感じさせたりする言質がとれない松永太を裁判ではどう扱うのかという問題に発展するほど、松永太の根回しは徹底されたものでした。

松永太は、病的な嘘つきで見栄や虚勢に塗り固められており、自身の吐いた嘘を相手に信じ込ませることに執心するという特徴があります。
上記の根回しについても、やはりそういった執心によるものが大きいと読み取れます。
また、目立ちたがり屋で自意識が強く、エリートを演じる節があります。加えて、とことん話術に優れており、畳み掛けるようにまくしたてたり、媚び褒めそやしたり、ユーモラスな会話で和やかな感じを与えたり、といった「話すことの達人」だったと言えます。

例えば松永太は
「東大卒のコンピューター技師」
「京大卒の予備校講師で物理学者の逸材で小説家志望」
「実家は村上水軍の当主」
「兄は東大卒の医者」
「ロックバンドのボーカルを務めている」

などの様々な偽りの顔、生い立ちをもっていましたが、これらはすべて相手に信じ込ませることに成功しています。

「ロックバンドのボーカル」である自分を信じ込ませるときには、コンサートホールをレンタルし、自身が経営していた会社の従業員を使って偽のライブを催しました。
また、自身が東大卒だ、京大卒だ、と信じ込ませるときには、むつかしい物理学の研究書を携帯したり、おもむろに相対性理論について口にしたりしました。

傍から聴いていれば幼稚で騙されそうにないと感じますが、松永太はそういった不完全さを話術でカバーし、他人を支配していきました。

『北九州監禁殺人事件』にみるサイコパス

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一般にサイコパスとは「快楽殺人者」を代表に捉えられがちですが、松永太については「快楽殺人者」とは言えないでしょうね。

「快楽殺人者」としてのサイコパスは、自身の手で他者を殺害することに快楽を覚えますから、他人を使役する時点で「快楽殺人者」ではないでしょう。

しかしながらサイコパスとは

「良心が異常に欠如している」 「他者に冷淡で共感しない」 「慢性的に平然と嘘をつく」 「行動に対する責任が全く取れない」 「罪悪感が皆無」 「自尊心が過大で自己中心的」 「口が達者で表面は魅力的」

と定義されており、必ずしも「快楽殺人者」のみを指すものではありません。

また、サイコパスと呼ばれる人びとは、予め脳の機能の一部分が欠落していると言われています。
これは後天的に現れる特徴ではなく、先天的に良心や罪悪感といった社会性を司る機能の発達に障害があるとされており、育った環境や生い立ち、両親の形質を遺伝しているということではありません。
従って、サイコパスの子がまたサイコパスかというと全く事実ではないと言えます。

2017年10月15日、フジテレビで『ザ・ノンフィクション 人殺しの息子と呼ばれて…』という番組が放送されました。

松永太と緒方純子との間に生まれた男性が取材に応じ、その生い立ちを話し、大きな反響を呼びました。
松永太の持っていた頭の回転の早さや容姿などは受け継ぐ可能性がありますが、サイコパス的な性質を受け継ぐということは確実なものではなく、あくまで一般的な価値観を持っていると考えるのが妥当でしょう。
悲惨な生い立ちをメディアの前で語った勇気に賞賛を贈りたいですね。

また、サイコパス的な性質を持ったまま、うまく社会に適応している人も多くいることも事実です。
サイコパスの残虐な一面とは裏腹に、魅力的な性質も多くありますから、社会において成功していることが多いらしく、脳の機能の一部が欠落していることが必ずしも犯罪行為につながる、あるいは他人を不幸にさせるといったわけでもありません。

サイコパス的性質は生い立ちに影響を受けるものではないので、貧富や人種問わず世界中どこかしこにも現れうると言えます。

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松永太はサイコパスか

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先述のサイコパスの特徴から推しはかれるとおり、松永太は典型的なサイコパスといえます。
松永太は、殺害そのものにこそ興味を持ちませんでしたが、自身にとって他者の存在を「損/得」でしか測っておらず、必要がなくなれば自身の罪を暴露しかねないものとして殺害を促しました。

ここに良心や罪悪感の存在は認められず、また他者の死を軽んじる態度は、自身の嘘に対する責任感の無さ、強い自己愛を強く発露しています。

松永太の生い立ちは、やはり良心が欠落しそうだとか、ひどく残虐なものをみて育ったのだとか、そういった世間からサイコパスだと言われるようなものではなく、むしろ優秀で、人気者で、人から褒められるものばかりでした。

生い立ち、育った環境に影響されるものではないこと、原因が一見わからないところがサイコパスの恐ろしいところかもしれません。

『北九州監禁殺人事件』における被害者たち

松永太・緒方純子の被害に遭っていまなお生き残っている人たちは皆一様に松永太を「悪魔」、「詐欺師」などと表現し、明らかに敵意を示しますが、それは事件が結末を迎えてからのことでした。

なぜ被害者たちは指名手配されていた松永太・緒方純子の居場所を告発し、警察の力を借りることができなかったのでしょうか。
監禁されていた緒方一家でしたが、緒方純子の妹であるQさんは買い物役として頻繁に外出していましたし、松永太に居場所を知らせる義務があったため、携帯電話も所持していたはずです。

また、子供たちは一応学校にも通っていました。自身が「通電」の激痛から逃れるためとはいえ、親が子供を、子供が親を、「悪魔」に売るようなことができるのでしょうか。
「悪魔」を撃退しようという判断はなぜ下されなかったのでしょう。書かされた文書には、監禁・虐待を耐えてでも隠したい罪が書かれていたのでしょうか。

監禁状態にあった緒方一家は全員、非業の死を遂げています。主犯の松永太は裁判中でさえあざ笑うかのように得意の「話術」で追求を避け、連続殺人事件の真相は緒方純子とAさんの証言だけが真実として扱われます。

なぜそれほど強い洗脳状態にかかっていたのか。
今もなお解き明かせない謎のひとつですが、松永太と話してみればなにかわかるのかもしれません。

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『北九州監禁殺人事件』の一部始終を目にした「緒方純子」

緒方純子は、事件の一番はじめから関わり、松永太の指示を受けて詐欺・恐喝・監禁・拷問・殺人等あらゆる犯罪に手を染めました。現在は無期懲役刑に服役中です。
緒方純子を加害者と見るか、被害者と見るかで本事件の読み解きはずいぶん変わってくることでしょう。
緒方純子の生い立ちにすこし注目してみます。

緒方純子の生い立ち

1962年2月25日、福岡県久留米市に生まれた緒方純子は、いたって普通の、堅実で淀みのない人生を送っていました。

静かで、特筆することのない平凡な生い立ちと言えるかもしれません。
実家である緒方家は地元の名士で、父方、母方ともに良家の血族でした。
そのため、厳格な教育を受けて真面目な子供時代を送ったとされています。広大な土地を持ち、地元からの絶大な信頼を得ていた緒方家の父は、世間体を重んじ、子供たちに非行などは一切認めません。
現在ではあまり多くない方法ですが、子供たちの結婚相手についても親が決めるといった、古風で家を重視した家庭でした。

強い権力と束縛に囲まれて育った緒方純子は短大を卒業後、幼稚園の先生となりました。
高校を卒業後に同級生だった松永太と改めて出会うまで、人生を通して男性経験はなかったといいます。

また、平凡であるが故にあまり情報のない彼女の性格についてですが、子供好きであることが明かされています。
虐待や監禁のあいだ、子供と接する時間だけが唯一、心の支えだったと後に明かしています。

緒方純子は被害者でありながら加害者なのか?

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緒方純子

あまりにも抑圧された子供時代、学生時代を送った緒方純子は、長女である自身が将来的には婿養子を迎え、親が決めた相手と結婚しなければならないことをわかっていました。

それが故に松永太が既婚者で不倫関係にあたることをわかっていながら、「人生に一度くらい恋愛を経験してみたい」という思いを捨てられずに関係を持ってしまいました。
スリルのない生い立ちが、危険な香りのする松永太への慕情を煽ったとも言えます。

表面上は魅力的な松永太との交際がずるずると長引き、暴力と幸福感とで洗脳状態はみるみる強化され、松永太に認められたい一心で残虐な犯行に及ぶこととなりました。

緒方純子の行った数々の凄惨な犯罪行為は決して許されないことですが、完全な加害者として判断するのもまた正確ではないように思えます。

また、当然のことながら、洗脳され犯罪行為に利用されただけの完全な被害者であるとも判断しがたいでしょう。
緒方純子は現在、無期懲役刑に服役中です。被害者でもあり加害者でもあるということが言えますね。

『北九州監禁殺人事件』を追うーその1ー

松永太と緒方純子の出会いから『北九州監禁殺人事件』ははじまる

1980年夏、松永太は転校する前の共学校の卒業アルバムを入手し、友人知人を問わず片っ端から連絡しました。
当時、松永太は詐欺商法の布団販売業社を経営していたため、そのターゲットを見つけようとしたと推測されます。

このとき松永太は「学生時代に借りた50円を返したい」とユーモラスに語り、緒方純子との接触を図ったようです。男性経験のなかった緒方純子は最初こそ警戒したものの、松永太の強引な誘い口、甘く危険な香りにそそのかされ、次第に不倫関係に入っていきました。

松永太と緒方純子

うまく緒方純子を手中に収めた松永太は、彼女を女性として消費するだけでなく財産を巻き上げようとしましたが、「不倫の事実」と「緒方一家の資産状況を松永太が調べていた形跡」が緒方一家の親族にバレてしまい、緒方純子は親族から松永太と別れるように促されます。

これに松永太は激怒、緒方一家に会わせろと求めました。1984年の夏でした。

緒方一家と顔を合わせた松永太はなんと得意の話術で緒方純子の両親を説得。
当時の婚姻関係を解消して緒方一家の婿養子に入ることを約束した「事実確認書」なるものを作成し、緒方純子の父、Oさんを納得させ、母であるPさんもそれに従うかたちとなりました。
なお、Pさんは完全には信用しておらず、1984年秋頃にも松永太と緒方純子の交際を解消するよう促していましたが、これは松永太とPさんの肉体関係が原因であると目されています。

松永太は妻と子を持ちながら、緒方一家の長女である緒方純子と交際し、その母であるPさんとも肉体関係を持っていたということです。
また、後に緒方純子の妹であるQさんとも肉体関係を結びます。
これらの男女関係が複雑に絡み合い、監禁や虐待が行われたときにまで精神を支配していた一因となりました。

松永太による緒方純子虐待事件

1985年2月、松永太から虐待を受けていた緒方純子が勤務先の幼稚園で倒れ、実家で自殺未遂事件を起こしました。
松永太は「自殺未遂を起こされると迷惑だ」として、こうした事件までもを緒方純子を脅す材料にしました。

また、自殺未遂を起こした娘の緒方純子を搬送する救急車にサイレンを鳴らさぬよう求めたというほど世間体を重んじた緒方一家は、家名を汚しかねない長女・緒方純子を半ば見捨てていたと考えられます。
この「周囲の目」を気にする態度が、緒方一家を「悪魔」に犯される原因になったと言えるでしょう。

松永太はこの自殺未遂事件をきっかけに、緒方純子の人間関係をすべて掌握し断ち切らせました。
幼稚園の先生を辞めさせ自身の経営する布団販売業社で働かせ、実家とは分籍、友人関係も暴言を吐くよう指示して失わせました。

松永太と緒方純子の指名手配から

ここまでの事件でさえ松永太は民事訴訟を受けてもおかしくはないのですが、しかし被害にあった人は多いのですが、考えられないことに誰もが口を閉ざしていました。

松永太は金づるを「金主」と呼び、次々に寄生するかたちで浮気を繰返していましたが、当時の妻はそれを黙認していました。緒方純子の虐待も、それが公になることを恐れた緒方一家が触れもせず放置。松永太をのさばらせることとなりました。

人を騙して金を取り続けていた松永太でしたが、ついにその経営実態が警察に漏れることとなり、1992年7月に詐欺罪と脅迫罪で指名手配を受けることとなりました。
これを受け石川県へ逃亡、身を隠した松永太と緒方純子の両名でしたが、しばらくして地元の北九州に身を移し、警察の手を逃れるためにまず潜伏先のマンションを手に入れようと考えました。

『北九州監禁殺人事件』を追うーその2ー

松永太と緒方純子のアジト

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松永太と緒方純子のアジトとされたマンション

北九州に戻った松永太は潜伏先を見つけるべく、不動産会社に勤務するBさん(一連の事件の生存者であるAさんの父)に接触しました。
このとき複数のマンションを借りましたが、その名義人は松永太の愛人たちが肩代わりしました。また、Bさんの姉にも接触し、愛人のひとりとしました。
他人の心を操ることに長け、意のままにしてしまうサイコパスとしての才能が、警察の捜査を逃れるために遺憾なく発揮されることとなります。

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松永太と緒方純子はBさん親子を監禁

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松永太と緒方純子が親子を監禁した部屋

アジトを手に入れた松永太と緒方純子はマンションの契約に協力したBさんをそのまま「金主」としました。
まずBさんに架空の、犯罪行為に関わる儲け話をもちかけ、同棲していた女性と別れさせることで親子を世間から孤立させました。次に、酒に酔わせて過去の犯罪行為に関する「事実確認書」を書かせました。この「事実確認書」には事実と異なることも盛り込まれていましたが、これと合わせてBさんの娘であるAさんを緒方純子が養育するとして松永太の潜むマンションに住まわせて実質的な人質としたことで、Bさんの支配を確実なものとしました。

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松永太と緒方純子の最初の殺人

松永太による精神支配や通電を伴う虐待を受けていたBさんはやがて出社できなくなり、社宅を出て松永太のマンションへ移りました。

ここで「金主」としての能力を失ったBさんはより残虐な虐待を受け、1996年2月26日に衰弱死しました。この際、Bさんの実娘であるAさんにBさんの腕を噛ませた写真を撮って、幼いAさんに「父親の殺害に加担した」という罪悪感を植え付けてより強くAさんを支配しました。

また、Bさんの遺体の処理は緒方純子とAさんに命じられました。そのことからAさんにも死体遺棄容疑がかかりましたが、事件当時13歳だったため、14歳未満の刑事責任を問うことを禁じた刑法の規定により刑事責任には問われません。

法廷ではBさんの殺害が最初の殺人であるとされていますが、Bさん殺害の前に松永太の同窓生の女性が彼らの詐欺・恐喝の被害に遭い、大分県別府湾に飛び込むという入水自殺事件が起きています。
こちらの事件についても松永太らは容疑をかけられましたが、証拠不十分として罪に問われないこととなりました。

『北九州監禁殺人事件』を追うーその3ー

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Bさんを殺害した後、「金主」を失った松永太は緒方純子に金の工面を命じました。
緒方純子は親戚中に金を無心しましたが失敗、由布院のスナックホステスとして働きはじめました。ここで緒方純子は松永太のマンションに帰らなくなります。

彼女に逃亡の意図があったかは不明ですが、事件の発覚を恐れている松永太は激怒し、愛人関係にあったPさんを通じて緒方純子の居場所を突き止めました。
緒方純子はスナックで働き始める直前に次男を母方の実家に預けており、子供の様子が気になって電話をたびたびかけていたことが明らかになっています。

松永太は緒方一家に「Bさんを殺害したのは緒方純子である」と伝え、家名を重んじる緒方一家を精神的に支配します。共謀して「松永太が自殺した」と嘘の情報を緒方純子に渡し、偽の葬儀を催しておびき出し、再び緒方純子を支配下に置きました。1997年4月のことでした。

緒方純子の逃亡

緒方純子は上記に加えて1997年5月にもういちど逃亡を試みていますが、その時は監視役としてAさんが近くおり、逃げ切れずに観念、緒方純子はその後さらに強い虐待を受ける結果となりました。
松永太の支配下にありながら、互いに憎み合っていたせいで協力関係を結べず、逃げ出すタイミングをいくつもスルーしてしまったことが事件を長引かせてしまった原因であると言えます。

緒方一家連続殺害に至るまで

Bさんの殺害を緒方純子になすりつけた松永太は緒方一家をも支配下に置くことに成功します。
殺人犯である緒方純子との離縁を条件に多額の手切れ金を要求、金額などの話がまとまったころに二人の子供の親権を松永太に移すという条件を付け加え、子供好きの緒方純子に離縁する気を失わせました。
代わりとして殺人犯を匿う費用を要求し、松永太は金と奴隷とをまんまとせしめたことになります。

緒方一家の監禁

殺人犯の娘がいる、という事実は父親であるOさんにとって致命的なものでした。
自身のキャリアを守りたかったOさんは松永太に要求されるだけの金を用意し渡しました。
また、緒方一家のそれぞれと個別に会って話をすることで一家内の人間関係を撹乱し、協力関係を阻害しました。

分籍した長女に代わって婿養子(Sさん)をとったQさんもまた松永太と肉体関係を結んでいたとされていますが、マンションの部屋を複数契約していたことや、当のQさん自身が殺害されてしまっていることなどから正確には明らかになっていません。

松永太は緒方一家を社会から孤立させるため、緒方純子の殺人罪だけでなく、OさんやSさんの罪をでっちあげ、それぞれについて事実確認書を書かせることでより服従させました。
また、松永太は、緒方純子についての話し合いを口実に久留米市から北九州市へ緒方一家を通わせていました。
その際にSさんが「子供を置いて通うのは心配」と漏らしたことをきっかけに、Sさん・Qさん夫妻の子供であるTさんとUさんをマンションに引き取り、人質としました。

子供を人質にしたり、自身の罪を暴く事実確認書を書かせたりしてがんじがらめの状況をつくり、緒方一家から金を毟り取った松永太。
総額は約6300万にも及ぶとのこと。親族からも連続して金を借りるなど、不審な行動が続く緒方一家は親戚などから怪しまれ、自宅周辺を警察が出入りするようになりました。
ここから、緒方一家は自宅に帰ることを禁じられ、松永太のマンションに監禁されることとなりました。

緒方一家の父であるOさんは1997年11月下旬を最後に、その妻Pさんは同じ頃、歯科医院の予約をキャンセルして行方を晦ましました。
またQさんとRさんは10月31日付けで退職させられていました。その退職金を松永太に渡すためでした。

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緒方一家連続殺害事件

こうして、瞬く間に財産を奪われて「金主」としての価値を失った緒方一家は、次々に連続して殺害されることなります。
すでに通電などの虐待を受けていた緒方一家は正常な判断力を奪われ、松永太のいいなりでした。

まず殺害されたのはOさんでした。
1997年12月21日、緒方一家の所有していた土地を売却できないこと(Oさんの父が権利を持っていたためこれを阻止した)の責任は家長であるOさんにあるとしてOさんに連続的な通電を行い、死亡させました。これは殺意を断定できなかったため、裁判では傷害致死とされました。

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次に殺害されたのはPさんでした。
連続的に行われた通電や食事制限などの虐待の結果、精神に異常をきたし、奇声を発するまでに至っていたPさんの処遇について、松永太は緒方一家に話し合わせるというかたちをとりました。この話し合いでは、実質は松永太が意図的に殺害を促しましたが、形式上は緒方一家全体の意思であるという操作が行われました。
松永太はPさんの娘二人(緒方純子とQさん)にPさんの身体を押さえつけるよう暗に命令し、Sさんに絞殺させました。
Oさんが殺害されてから1ヶ月後の1998年1月20日でした。

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さらに約1ヶ月後の2月10日、松永太は、連続して行われていた通電の影響で耳が遠くなっていたQさんを浴室に閉じ込め、緒方純子、Sさん、Tさんの3名に話し合いを命じました。
これもまた、殺害についての責任を緒方一家に押し付けるための措置であるとされています。冷静な判断力を欠いた話し合いの結果、3名は松永太の意思を忖度し、Qさんの殺害を決行。
この際QさんはSさんに「私、死ぬと?」と問いかけ、Rさんは「すまんな」と返答したと緒方純子が法廷で証言しています。また、SさんはQさんを絞殺したあと、「とうとう自分の嫁さんまで殺してしまった」とすすり泣いたとも証言しています。

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1998年4月13日、次に殺害されたのはSさんでした。
Sさんは連続的な通電と食事制限などで衰弱していましたが、松永太を大分県中津市に住む愛人のところへ送り届けるという役目を負っていました。
その仕事のときにのみ過度の食事を摂らされるという不規則かつ過剰な飢餓状態により、腹膜炎を患っていたことが死因であると推測されます。衰弱したSさんを見て緒方純子は「病院に連れていかなければやがて死んでしまう」、松永太は「死ぬだろうと思って最後にビールを飲ませてやった」と証言しており、未必の故意を認めています。

連続殺人の魔の手は子供たちにまで…

必要の無くなった「金主」を連続して殺害し、監禁マンション内には松永太と緒方純子、二人の間にもうけた子供が二人、QさんとSさん夫妻の子であるTさんとUさん、父親を殺害されてすでに2年経過したAさんの7名のみとなりました。
松永太と緒方純子の子供二人と、その世話役になっていたAさんは比較的優遇されていましたが、TさんとUさんは食事制限を含む様々な虐待をうけました。

1998年5月17日、当時小学生だったTさんは松永太に対して自宅への帰宅を懇願しましたが却下。逆に本事件の露見を危惧され、理不尽な尋問の末、Tさんにとって弟にあたるUさんの殺害を命じられました。
その日、Uさんは姉に首を絞められ、殺害されてしまいました。

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松永太は自らが指示したにも関わらず、なすりつけた罪をあげつらうようにTさんに通電を繰返しました。
この頃、松永太からはTさん殺害に関する発言「太っていたら解体が大変」「口封じをしなくてはいけない」などが発されていたことが証言されています。

Tさんは1998年6月7日、首を絞められ殺害されました。この際Tさんは、首を絞めやすいよう頭を持ち上げるなど、死を望むかのような態度をとりました。

『北九州監禁殺人事件』の発覚

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こうした連続殺人ののち、新しく「金主」が必要になった松永太は専業主婦に目をつけました。
この頃、松永太は「Aさんと二人なら、自分はBさんになりすまして生きていける」と発言しており、緒方純子に親子三人での心中を指示していましたが、子二人の抵抗があり、叶いませんでした。

松永太の目論見どおり、ターゲットとなった専業主婦は離婚させられ、子供二人を松永太に預けることとなり、結果「金主」として約2500万円を貢ぐこととなりました。

松永太の横暴が続く中、2002年1月30日に松永太の隙をみてAさんが脱走しました。しかしこれは、松永太がAさんの叔母を愛人にしていたため居場所が発覚。
松永太の巧みな話術により、Aさんが頼りにしていた祖父母らによって引き渡されることとなりました。
松永太の強いマインドコントロールがあり、父親を死なせた原因が自分にもあるという罪悪感から逃れられず、松永太を警察に突き出すことができなかったため、この脱走は半月ほどで終わってしまいました。

連れ戻され、さらに激化する虐待の最中、またもAさんは脱走を試みました。
密かに持っていた父親との写真を心の支えにし、監禁マンションの存在を告発しました。
これは2002年3月6日のことでした。

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松永太、緒方純子両名に下された判決

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松永太・緒方純子の裁判

当初、松永太・緒方純子両名は、氏名を含めて完全黙秘をつづけていましたが、捜査が進むにつれて氏名や年齢、罪状などが発覚。
緒方純子はしだいに証言をはじめるようになりました。Aさんについても、自身の罪を恐れるあまり初期にはほとんど証言がとれませんでしたが、裁判を進めるうちに話すようになっていきました。

緒方純子は早期に罪を認め、事件の究明に協力的でしたが、松永太は全面無罪を主張。裁判をかき乱す発言を繰返していました。

判決が確定したのは2011年12月12日でした。Aさんの父Bさんが亡くなってから15年の歳月が流れていました。

松永太の罪状

明確な殺意についての言質がとれず、直接的な殺害がなかったため、松永太が裁判上どういった扱いを受けるのかに注目が集まっていた本裁判でしたが、緒方純子の証言やAさんの証言、おびただしい状況証拠の数から監禁・殺害への関与が断定され、死刑判決が言い渡されました。

一貫して無罪を出張した松永太でしたが、最高裁では上告が棄却、現在は福岡拘置所に収監されています。

緒方純子の罪状

自分にとって不利な内容も進んで証言し、事件の早期究明の一助となった緒方純子。
松永太のマインドコントロール下にあったとはいえ、非常に残忍で凶悪な事件であることを鑑み、無期懲役刑となりました。
これは見解の割れる判決で、全ての殺人に関わり、監禁・虐待を松永太から一任されていた緒方純子を極刑に処さないことは、マインドコントロールや洗脳といった非科学的な要素を大いに認めることにつながりました。

また、Aさんは松永太・緒方純子両名の極刑を望んでおり、松永太だけでなく緒方純子についても「悪魔」と称しました。

被害者たちは松永太から逃げられなかったのか

通常、監禁される側の人数が加害者の人数を上回ることはありえません。
まして加害者を松永太に絞ると、ひとりで同時に8名を監禁していたことになります。
老人や子供を含んでいたとはいえ、結託すれば容易に監禁状態を破れたはずです。

ここに松永太のマインドコントロールの恐ろしさ、相互監視システムの狡猾さがありました。

緒方純子の場合

緒方純子の場合は、恋心を持っていたことが最大のポイントであると推測されます。
松永太のDV的二面性に翻弄され、徐々に倫理観を失い、松永太に認められることを至上の喜びとするようになりました。
また、これは緒方純子に限ったことではなく、松永太の罪には多くの女性が関わっています。
それほどに松永太が表面上は魅力的であることが言えます。

Aさんの場合

最終的には脱走し事件を告発したAさんでしたが、マンション内において虐待や監禁から比較的遠い立場にありながら5・6年もの歳月を両被告と共にしました。

脱走当時17歳であったことから、逃げだして警察を頼るだけの判断力は充分にあったと考えられますが、ここには松永太に植え付けられた罪悪感がありました。
父親を殺害されたこと、マンション内において次々に殺人が行われたこと、これらが明るみになれば、自身も罪に問われると錯覚していたために、告発に踏み切れないことはおろか、緒方純子が逃げ出そうとしたときに監視し、松永太の支配から離さないという協力的な行動をまでとらされることとなりました。

緒方一家の場合

世間体を重んじる家長のOさんにとって、実の娘の殺人罪や自身らの犯罪事実確認書などの不利益は甚だしく許しがたいことでした。
この弱みを握られた呪縛から逃れられず、次第に思考停止状態に導かれたと言えます。

『北九州監禁殺人事件』にみる洗脳の恐怖

この事件の恐ろしさは、殺害された人数の多さ、その凄惨さだけではなく、被害届も提出されないまま松永太に金銭を渡していた人数の多さ、彼のサイコパス的性質に騙されていた人数の多さにあると思われます。

殺人に加担した緒方純子が異常だったのではなく、誰もがその残忍で冷酷な犯行に及ぶ可能性があり、全ては松永太の気まぐれで操作されていたと考えると背筋の凍る思いです。

コンセントから直接、人体に電気を流される「通電」の影響は凄まじく、被害者たちはその痛みから逃れたい一心で通常なら為しえない狡猾な行動にまで手を伸ばしました。
人間は、自身の判断力が鈍ったときに、その倫理観や道徳観を失い、言われるがままの人形になってしまうのでしょうか。
サイコパスはそれほどまでに魅力を伴うのでしょうか。

『北九州監禁殺人事件』その後

松永太からの謝罪はなく

2017年10月15日に放送された『ザ・ノンフィクション 人殺しの息子と呼ばれて…』では、父であり死刑囚である松永太に面会した彼の息子がこう発言しました。
「」
矯正の余地はなく、どこまでも良心を理解できない人物だということでしょうか。

緒方純子からの手紙

出典: http://usi32.com

また、二人の息子たちは緒方純子からの手紙を受け取っていました。
しかしながらこの手紙も、彼らの心にはイビツに映っているようです。

『北九州監禁殺人事件』おわりに

出典: https://www.houdoukyoku.jp

日本の犯罪史上でもっともセンセーショナルな事件として必ず名のあがる『北九州監禁殺人事件』
この記録が現在と未来とに同じ事件を防ぐものとして役に立つことを願って結びとします。

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