キルドーザー事件とは【動画アリ】改造ブルドーザーで街を破壊!?

理不尽な町の行政に、コマツ製・改造ブルドーザー「キルドーザー」が怒りの反逆――自動車修理工マービン・ヒーメイヤーが起こした衝撃の”町破壊”「キルドーザー事件」の詳細を、事件につながった経緯、動機、さらには事件当日の動きに至るまで、詳細にまとめました。

キルドーザー事件とは【動画アリ】改造ブルドーザーで街を破壊!?のイメージ

目次

  1. 1怒れるオヤジが町を破壊「キルドーザー事件」とは?
  2. 2「キルドーザー事件」はナゼ起きた?
  3. 3怒りのマービン! 驚愕の"キルドーザー"復讐計画
  4. 42004年6月4日「悪夢の127分間」
  5. 5本人以外に死亡者ゼロ。キルドーザー事件の評価は?
  6. 6キルドーザー事件から私たちが学ぶこと

怒れるオヤジが町を破壊「キルドーザー事件」とは?

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ひとつの犯罪が起これば、そこには必ず加害者と被害者が生まれます。そして私たちは、たいていのケースで加害者に怒りを覚え、被害者には同情を寄せるものです。

しかし、ごくまれに、加害者にシンパシーを感じる事件が起きることもあります。不謹慎だ、とお怒りの声が上がるかもしれないのは承知の上で、実際に多くの人々が、しがない中年オヤジの犯罪に同情を寄せた事件をご紹介します。世に言う「キルドーザー事件」です。

まるで戦車! 恐怖の改造ブルドーザー

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「キルドーザー事件」は2004年6月4日、米国コロラド州グランビーの市街地で発生しました。この町の片隅で自動車修理業を営んでいたマービン・ヒーメイヤー(当時52歳)が、装甲化した改造ブルドーザーで町の建物を次々と破壊していったのです。

まずは、事件の様子をとらえた衝撃の動画をご覧ください。

工エエェェ(´゚д゚`)ェェエエ工

……いえいえ、これは映画じゃないんです。紛れもなく現実に起きた事件。改造ブルドーザーに乗り込んだマービン・ヒーメイヤーが、コンクリート工場、町役場、図書館、銀行、警察署、新聞社、前町長宅を狙って次々と建物を破壊していったのです。

まるで映画のような事件に、世界が注目

「キルドーザー事件」のインパクトはあまりにも強烈で、次々と作成された事件動画の中には、再生回数が260万回や196万回の動画もあるなど、アメリカ国内にとどまらず、世界中のネットユーザーから注目を集めました。

町に恨みを持った中年オヤジが決起して、改造ブルドーザーで町を破壊し自殺する――。こういった、まるで映画のようなストーリーが、多くの人々の関心を呼んだのかもしれません。

※上の動画は事件の様子をドラマチックにまとめたダイジェスト動画。そして下の動画は事件のルートをたどった解説動画です。

「キルドーザー事件」はナゼ起きた?

それにしても、どうしてマービンは、これほどまでに暴走してしまったのでしょうか。「キルドーザー事件」が発生してしまった経緯を、詳しく見ていきましょう。

マービン・ヒーメイヤーは「温厚で愛想が良い人」

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項目 データ
名前 Marvin John Heemeyer
生年月日 1951年10月28日
死亡年月日 2004年6月4日(52歳)
職業 自動車修理工

コロラド州グランドレイク(風光明媚な湖畔の田舎町)に住んでいたマービン・ヒーメイヤーは、90年代はじめごろ、グランドレイクから約26マイル(およそ42km)離れた同州グランビーの町に引っ越し、そこで自動車のマフラー修理店を営み始めました。

グランビーは、コロラド州の中心都市デンバー(2010年の人口は約60万人)と観光地・グランドレイクの中継地点に位置する町で、国道40号線が通っていることから、ここで自動車修理店を営むのは理に適っていると言えました。

よその町から転居してきたマービンでしたが、温厚な人柄で愛想が良く、町での評判は上々でした。

Ken Heemeyer said his brother "would bend over backwards for anyone". (ケン・ヒーメイヤーは彼の弟について「誰のためにも一生懸命に努力するタイプ」と述べた)

優しくもお金には厳しい――怒ると怖い一面も

ただし、日ごろから温厚な人の多くは、心の中に不満をため込むものです。マービンについてもそれは例外ではなく、一度怒ると、なかなかに怖い人だったようです。

また、お金にはシビアな一面を見せていました。グランビーに住むクリスティ・ベイカーさんは、彼女の夫がマービンのマフラー修理の出来をめぐって対立、支払いを拒否して以降、マービンからずっと脅されていたと主張しています(のちに仲介を通して124ドルを支払った)。

すべては「コンクリート工場建設計画」から始まった

コロラド州グランビーは、ロッキー山脈の山間に位置する、人口1500人ほどの小さな町です。町の中心部は生活道路が美しく整備され、住宅や商店がゆったりと建ち並ぶ、アメリカの田舎町らしい実に気持ちのいい街並みでした。

マービン、格安価格で土地を買い、グランビーに移住

1992年、マービン・ヒーメイヤーはグランビーの西のはずれに、およそ2エーカー(0.8ヘクタール)の土地を購入しました。破綻した貯蓄金融機関の資産を処理するために設立された連邦政府機関が、この土地を売りに出していたのです。

購入価格は42,000ドル(546万円。92年当時の平均為替レート1ドル=130円で計算)。マービンは安く購入したこの土地に、自動車修理店を建てました。

6倍の価格で土地を売却、工場建設に同意するも……

その後、この土地の大半をコーディ・ドーシェフ氏からの提案で、約25万ドル(購入時の6倍の価格)でドーシェフ氏に売却し、その土地にドーシェフ氏がコンクリート工場を建設することに同意しました。

ところが、のちにマービンは考えを変え、売却価格を37.5万ドルに再設定し、最後には100万ドルの取引を要求するに至ったといいます(ドーシェフ夫人の証言)。なぜなら、マービンはこの取引に、かなり不当で不穏な空気を感じ始めていたからです。

迂闊な合意に後悔し始めたマービン

マービンは、うっかり口車に乗せられてしまった自分に後悔していました。そもそも土地を購入する際にも、新たに店を建てる際にも、米国の常識では借金が前提です。「お金のない人でも知恵や行動力さえあれば企業できる」。日本に比べて、アメリカはこういう点で融通が利くのです。

しかし、3000万円で土地を売却した場合はどうでしょう。借金はすべて返せるとしても、手元に残るのは、ほんのわずかなお金です。せっかく見つけた土地を易々と手放し、再びチャンスを待つとしても、40代の中年男性はその間、得意分野で仕事をし続けられる保証などありません

マービンにとって、グランビーでの自動者修理店経営は、人生最大の挑戦であるべきものでした。その初心に立ち返ったとき、マービンはこの合意を白紙に戻す戦いを決意せざるを得なかったのです。

マービンの店が隠れてしまう「工場建設計画」

2001年、グランビーの町は、マービンの自動車修理店の隣にコンクリート工場を建設する計画を承認しました。これは事実上、土地売却価格の再交渉を却下する決定とも言えました。

このあまりにも性急な決定に、マービンはもちろん困惑したのです。「幹線道路から店へのアクセスが完全にブロックされてしまう」という理由で、マービンはこの決定に反対。いよいよ係争は、ドーシェフ氏だけではなく、グランビー町議会にまで広がっていくことになります。

「工場建設反対運動」をスタートさせたが……

マービンは、孤独な戦いでは決して勝てないことを知っていました。しかし、マービンの店は町はずれにあったので、町の中心部に暮らす大半の人々にとってはあまり関心がわきません。

そこでマービンは「町の景観を守る」という大義名分を打ち立て、工場建設反対運動をスタート。これには多くの賛同者が集まり、建設反対運動はそれなりにサマになっていきました。

しかし、マービンら工場建設反対グループが起こした訴訟は、残念ながら敗訴してしまいました。そもそもマービン自身が、コンクリート工場建設に同意することを前提に土地売却に合意したことが仇になってしまったのです。

新しいアクセス道路の敷設を提案するも、却下される

マービンは、せめて幹線道路から店へのアクセスを容易にする新しい道路の敷設をと、町に提案しました。それも、道路建設はすべて自分がやるから認めてくれ、と申し出たのです。このとき道路敷設に必要な道具を買いそろえ、その中にコマツ製のブルドーザーもあったといいます。

しかし、町は新たな道路の敷設を認めませんでした。人口わずか1500人ほどのグランビーの町にとって、コンクリート工場の誘致は、町を潤すための一大プロジェクトでした。その計画に抵抗するマービンを、町議会は執拗に責め立てたのです。

新聞がマービンを厳しく批判――去りゆく仲間たち

さらに悪い話は続きます。2003年、地元新聞社「スカイハイニュース社」はコンクリート工場建設の合理性を支持、マービンの活動を社説で批判しました。これ以降、建設反対運動に参加していた人々が一人、また一人と離脱していきました。

理不尽な罰金に苦しめられるマービン

その後、マービンは自動車修理店の抜き打ち検査を受けます。その結果、いくつかの違反を理由に2,500ドルの罰金措置を受けてしまいました。主な理由は、店の敷地内の廃車の放置と、下水道の不備でした(コンクリート工場建設会社が下水管を誤って破損させたとも言われています)。

罰金理由はこれだけでは終わりませんでした。マービンは下水道修理のために、コンクリート工場の敷地を8フィートにわたって横切ろうとしていたのを運悪く発見されたのです。

しかしこの出来事は、マービンにとってはつくづく理不尽なものでした。下水道に不備があるからダメ。下水道を直すのに工場の敷地を横切ったからダメ。

壊された下水道の修理をするためには、どうしても工場の敷地に入らないといけなかったのですから、これはマービンに対するあからさまな嫌がらせと言えます。

怒りのマービン! 驚愕の"キルドーザー"復讐計画

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さてここからは、実際に「キルドーザー」が製作される過程の話に入ります。マービンの激しい怒りと悲しみとがない交ぜになった、あまりにも切ないブルドーザーの物語を、詳しく見ていくことにしましょう。

業務停止命令、そしてコンクリート工場が完成

町はマービンに対して2,500ドルの罰金を命じると同時に、業務改善命令を下しましたが、怒りに燃えていたマービンはこれに従いませんでした。そこで町は、マービンに対し業務停止命令を下しました

身動きの取れなくなったマービンは、自分の事業をゴミ会社にリース。そして、ついにコンクリート工場が完成してしまいました。

「キルドーザー」建造計画のスタート

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ところで皆さんは、1974年に公開された映画『殺人ブルドーザー』(原題:Killdozer)をご存知でしょうか。荒れ果てた小さな島に謎の生命体が飛来、工事現場のブルドーザーを乗っ取り、工事作業員に次々と襲い掛かる、というストーリーの映画です。

この映画からヒントを得たのかどうかは不明ですが、マービン・ヒーメイヤーは孤立無援になった自身の状況に絶望し、得意の溶接技術を生かした装甲ブルドーザー「キルドーザー」で、町に復讐の一撃を喰らわせようと決意しました。

何もかもを捨て去り、すべてをキルドーザーに捧げた

自動車修理店の業務停止命令をきっかけに、マービンは町に対する敵愾心をむき出しにしていきました。虎の子の土地を売ってまで完成させた"世界に一台しかない"武装ブルドーザー、いわゆる「キルドーザー」の構造は、驚くべきものでした。

キルドーザーの車体は「コマツ」製のブルドーザー

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まず、マービンが「キルドーザー」の基本車体として用いたのは、コマツ製D355Aのブルドーザー。車体が頑丈で、平たく安定しており、装甲化して模造戦車にするにはうってつけでした。マービンはまず、厚さ1cmの鉄板とコンクリートを使って車体に覆いをかぶせました。

装甲内部にはモニターやライフル銃を搭載

つづいて、装甲鉄板の外側に、マービンの目の代わりとなるカメラを2台取り付け、その映像を映し出すモニターを装甲内部に設置。マービンは事件当日、完全に塞がった装甲車両の内部で、このモニターの映像を頼りにしながら「キルドーザー」を走らせていたのです。

さらに、警察組織からの反撃に備え、内部にはライフル銃を設置。それも一丁に留まらず、複数の個所に設置して、キルドーザーの真後ろ以外からは銃撃できる体制を整えていました。

計画準備中に起こった「父親の死と婚約者の裏切り」

キルドーザーの建造(正確には、ブルドーザーの改造)中、マービンは不思議な状況があったと述懐しています。それは、彼がブルドーザーの改造を行っていた小屋に知人が3名訪れていたのに、そのうちの誰一人として、改造ブルドーザーの存在に気が付かなかったというのです。

Clearly he was surprised that several men, who had visited the shed late the previous year, had not noticed the modified bulldozer "especially with the 2000-pound [900kg] lift fully exposed ... somehow their vision was clouded."(明らかに彼は、昨年遅くに小屋を訪れた何人かの男性が「特に2000ポンド[900kg]のリフトが完全に露出した状態で…どういうわけか彼らの視界が曇っていた」改造ブルドーザーに気付かなかったことに驚いた。)

そして、翌2004年3月、マービンの父親が他界。それからまもなくして、マービンは婚約者が他の男性といるところを目撃し、婚約者との別れを選択しました。

2004年4月13日、マービンは犯行声明をカセットテープに録音し始めます。この録音は日を分けて数回にわたって行われました。

犯行声明テープでマービンが語ったことは……

マービンは、神は自分という存在を「キルドーザー」で町に反撃するために創造したのだ、と犯行声明で述べました。そして、自分がこのような攻撃ができる立場になるように、結婚していない状況、家族のいない状況を用意したのだ、とも言いました。

これは、父親の死、婚約者の裏切りを念頭に置いてのことでしょう。父の死や婚約者との別れを機に、マービンは1年以上にわたり温めてきたキルドーザー計画を実行するときがついに訪れたと考えたのです。

"Because of your anger, because of your malice, because of your hate, you would not work with me. I am going to sacrifice my life, miserable future that you gave me, to show you that what you did was wrong."

(君たちの怒りがある限り、悪意がある限り、憎しみがある限り、君たちは私と手を携えたりなどしないのだ。私は、私の人生、そして君たちが私に与えた悲惨な未来を犠牲にして、君たちがしてきたことが間違いであることを示すつもりだ。)

“I was always willing to be reasonable until I had to be unreasonable. Sometimes reasonable men must do unreasonable things.”

(私は不合理な態度を取らざるを得なくなるまで、いつだって合理的でありたいと思っていた。合理的な人間も、ときには不合理な行動を取らなければいけない。)

録音テープは兄のもとに送付されていた

マービンはキルドーザーに乗り込む直前、録音テープをサウスダコタに住む兄のもとへ送りました。マービンの兄はこれをFBIに提出。このテープの内容が世間に公表されたのは、事件から2か月半経った2004年8月31日のことでした。

2004年6月4日「悪夢の127分間」

2004年6月4日午後3時過ぎ、グランビーの片隅でついにキルドーザーが動き出しました

マービンはキルドーザーに乗り込むと、出入り口を内部から溶接して完全に密閉。後戻りのできない凶行におよびました。

キルドーザーがまず突撃したのは、因縁のコンクリート工場。工場の敷地内に停めてあったトラックを引き倒して、そのまま工場の壁に突き刺しました。そして、工場の外壁を破壊。前年に完成したばかりのコンクリート工場は、キルドーザーの一撃によって見るも無残な姿に変り果てました。

次いで、キルドーザーは町役場と、隣接する図書館を破壊しました。町役場の壊れ方は壮絶で、1階部分の破壊によって2階部分が崩落。図書館では同時刻、子供向けのイベントが行われている最中で、この破壊で死傷者が出なかったのは奇跡としか言いようがありません。

こちらは町役場の向かいに建っていた警察署。パトカーがめちゃくちゃに壊れていますね。1階部分の外壁にも、キルドーザーが突撃した痕跡が確認できます。

続いて、町の東南部にあるスカイハイニュース社に向かう道すがら、銀行を破壊。銀行前にあった消火栓を踏み潰したせいで、あたりは水浸しになっています。キルドーザーは写真左側の道路からやってきて写真右側の道路へと右折し、スカイハイニュース社屋も完全に破壊しました。

なおスカイハイニュース社屋の破壊の様子は、2番目に紹介したダイジェスト動画の開始直後5秒のシーンや、3番目に紹介した犯行ルート動画の4分45秒のシーンで確認できます。

キルドーザーはなおも東進、続く標的は前町長の自宅でした。この建物の中には、事件当時82歳の前町長夫人が在宅していたとのことで、前町長夫人が助かったのも奇跡としか言いようがありません。

前町長の自宅を襲撃した後、キルドーザーは南下、最初に紹介したニュース報道動画は、そのあたりから撮影されたものです。

警察はキルドーザーを止めるべく別の重機を向かわせるものの、キルドーザーはその様子に気づくなり重機を猛追。背後から押しのけて、強引に次の標的のもとに向かいました。

度重なる破壊活動と、投入されたSWAT(特殊部隊)の銃撃などにより、このあたりからキルドーザーは激しい噴煙に見舞われるようになります。

次の標的は、マービンが争っていた訴訟相手の一人が経営する金物屋。まず、その店に向かう前に街灯を破壊する様子が捉えられています。

ちなみに、こちらが事件後に建て直された街灯。広々とした道路、美しい街路樹、雄大に広がる山並み。グランビーの町はそもそも美しく整備された田舎町でした。この写真を見ただけの人には、かつてこの場所でキルドーザーが大暴れしたとは信じられないことでしょう。

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そして、キルドーザーは最後の攻撃に移りました。金物屋の赤い正面外壁に、猛烈な勢いで突進。このシーンからは、マービンの憎しみの感情と、破壊活動が終わりに近づいていることを察知しての最後の開き直りが感じられます。

金物屋の正面外壁を突き破ったあと、キルドーザーは建物の側壁をザクザクと破壊しながら突き進み、水色の外壁の建物を半壊させたところで動きを止めました。

マービン・ヒーメイヤーは、密閉されたキルドーザーの中で、自らに銃口を向け、そこで命を絶ちます。死亡時の年齢は52歳でした。

127分間にわたって行われた悪夢のキルドーザー事件。午後5時10分ごろに動きを止めてから、警察がキルドーザーの装甲を破り、マービン・ヒーメイヤーの遺体を発見したのは、翌日の午前2時ごろだったとのことです。

本人以外に死亡者ゼロ。キルドーザー事件の評価は?

キルドーザーが破壊した建物、乗り物等の被害総額は7億円以上。これは人口1500人の田舎町にとっては、あまりにも莫大な被害額です。

しかし、キルドーザー事件には驚きの事実があります。実はマービン以外の死者が、一人もいなかったのです。

この事件の評価、特にマービン・ヒーメイヤーに対する世論のあり方は、「マービン以外、死亡者ゼロ」の事実を軸に、批判と称賛とにはっきり分かれてしまいました。

「マービンは一人も殺さなかった」「マービンは死傷者が出ないように気を遣っていたんだ」といった声すら上がり、マービンは一部の人たちの間で英雄視されるようになっていったのです。

キルドーザー事件の死亡者ゼロは「奇跡」

しかしながら、事件当日のキルドーザーの動き方を見ればわかる通り、子ども向けのイベントを開催していた図書館の破壊や、夫人が在宅していた中での前町長宅破壊、さらに6月4日金曜日午後3時という時間での各建物破壊があったうえでの「死亡者ゼロ」は奇跡です。

キルドーザーで突入する建物を事前に定め、それ以外の建物には目もくれなかった破壊劇ですが、かと言って、彼の行動からは「誰かの死亡を避ける」意図は見出せません。

マービンが英雄視される理由

それでも人々がマービン・ヒーメイヤーを英雄視する理由は、彼が受けてきた迫害があまりにも露骨で陰険なものだったからでしょう。

マービンは1992年に、ちょっとしたチャンスを迎えていました。安く売り出されていた「いわくつき」の土地を買い、それを購入価格の6倍で売り抜けられるとしたら、これほど嬉しい話はありません。

しかし、その誘いがプロによってもたらされ、債務(借金)前提で事業を始めるのが常識の米国内で、たったの3千万円でコンクリート工場建設の同意までさせられたことは、多くの人々の同情を買うのに十分な出来事だったのです。

事件に至る経過は、そのほとんどが素人をダマす罠

マービンは、自分が騙されていることに途中で気が付きました。土地売却の合意を白紙に戻すために、彼は最終的には当初の売却合意価格の4倍(購入価格の24倍)にあたる、100万ドル(当時1億2000万円程度)にまで売却価格を引き上げたのです。

しかし、その係争の最中、グランビーの町はコンクリート工場の区画決めを行い、正式に工場建設の承認をしました。さらに、急な抜き打ち検査で、下水道不備というあまりにも理不尽な理由で罰金、さらには業務停止命令を出して排除しようとしました

マービン・ヒーメイヤーという一介の自動車修理工に過ぎない素人に、あの手この手で土地の立ち退き工作をしかけた当時のグランビー町議会は、いまでも厳しい批判の的になっているのです。

キルドーザー事件から私たちが学ぶこと

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キルドーザー事件は、動画だけを観れば「まるで映画のような壮大なスケールの事件」と感じてしまう事件です。名前の由来となった映画『殺人ブルドーザー』よりも、はるかに迫力のある映像が残っているので、キルドーザー事件はずいぶん誤解されやすいのです。

しかし、キルドーザー事件の本質は、小さな田舎町で起こった「ゾーニング問題」(土地区画整理問題)なのです。行政からの一方的な被害に遭う無力な住民の存在は、アメリカだけでなく世界中で確認できます。

美しい大自然の中で人生の大半を過ごした男が、不退転の決意で実行した「キルドーザー事件」。この記事から、市民とは何か、行政とは何か、を考えるきっかけを見出していただけたら幸いです。

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