ノイマンの名言・格言集!コンピューターの父の性格や生い立ちも!
私たちが普段当たり前に使っている便利なパソコンやスマホ、タブレットなどの元祖を開発し「コンピューターの父」と呼ばれたノイマンは、数々の名言・格言を残しています。今回は、稀代の天才と言われたノイマンの性格や、生い立ち、名言・格言などについてお伝えします。
目次
コンピューターの父と呼ばれるノイマンってどんな人物?
皆さんは「コンピューターの父」と呼ばれるジョン・フォン・ノイマンをご存知ですか?人類史上初の天才と呼ばれた数学者ノイマンは、原爆開発にも携わり、映画「博士と異常な愛情」のモデルとしても知られている人物です。
幼少期から天才的な才能を開花せたノイマンは、功績とともに数々の名言・格言を残しています。今回は、天才ノイマンの性格や生い立ち、科学者としての業績 名言や格言などをご紹介します。
ノイマンの生い立ちとは?
コンピューターや原爆を開発した天才科学者として有名なノイマンは、優秀な頭脳を持つ一方で、兵器の開発に良心の呵責を感じない冷徹な性格の人物として伝えられています。実は、私たち日本人の歴史とも関わりが深い天才ノイマンの功績や名言は、どのような環境で育まれたのでしょうか?その生い立ちを辿ってみましょう。
神童の誕生
ノイマンは 1903年ハンガリーのブタペストに誕生しました。3人兄弟の長男で、弁護士である父親の英才教育により子供の頃から天才的な才能を開花させたノイマンは、8歳で微分積分をマスターするほど優秀な頭脳の持ち主でした。その才能は後に、コンピューターや原爆の開発だけでなく、社会学や政治学など様々な分野に影響を与えた「ゲーム理論」を生み出しました。
アメリカへ移住
ユダヤ人として生まれたノイマンは、1930年ナチスの迫害を逃れ祖国からアメリカへ家族と共に移住します。 アメリカ移住直後に第二次世界大戦が勃発し、ノイマンはアメリカ軍に協力し、 マンハッタン計画による原爆開発に力を貸すことになります。アメリカ軍の戦略的なアドバイザーでもあったノイマンは第二次世界大戦中に、原爆投下に関する名言も残しています。
晩年~最期
アメリカで原爆の開発に携わったノイマンは、第二次世界大戦後から晩年まで核兵器開発に重要な役割を果たしました 。晩年まで核開発に生涯を捧げたノイマンは、アメリカがビキニ環礁で行った水爆実験にも参加しました。ノイマンは、このビキニ環礁で行われた水爆実験により被爆し、1957年癌で死去しました。核兵器に関する名言を残した科学者ノイマンは、まさにその科学の力によって命を落としたのです。
ノイマンの性格は?
核兵器開発に生涯を捧げたノイマンは、映画「博士の異常な愛情」のモデルとなるほど、科学を偏愛し、その技術がどのような目的で使用されるされるかまでは考えない性格の人物として伝えられています。
躊躇なく兵器開発に携わったその性格は、幼い頃から父により英才教育を施されながらも、祖国ハンガリーでのユダヤ人として抑圧された体験が影響したと言われています。勤勉な性格でしたが、実は芸術や音楽、スポーツは苦手で、大人になってからは、パーティで友人を笑わせるなど、ユニークな一面も持ち合わせていました。
天才脳のノイマンのIQはどのくらい?
人類史上稀に見る天才と言われたノイマンのIQは、300でした。ノイマンと共にアメリカ・ブリジストン高等研究所員となったアインシュタインのIQが160~190だと言われていますから、ノイマンはアインシュタインを凌ぐ天才だったということが、分かります。その稀にみるIQの高さが、天才的な功績を残し、数々の名言・格言を生み出したことは言うまでもありません。
ノイマンがもたらした3つの偉業!
幼少期から父親の英才教育を受けIQ300の天才として才能を発揮したノイマンは、若くして3つの偉業を成し遂げました。その3つの偉業は、ノイマンが残した名言と共に現代まで語り継がれています。
大学を3つ掛け持ち
ノイマンは、僅か18歳で大学を3つ掛け持ちしていました。IQ300の頭脳明晰さを見抜いたノイマンの恩師である大学教授が、同時に複数の大学に通うよう、ノイマンの父に進言したのです。これによりノイマンは、ブダペスト大学、ベルリン大学、チューリッヒ工科大学に同時に籍を置くことになりました。
3つの大学を同時に掛け持ちしたノイマンは、忙しさのあまり授業を休むこともありましたが、テストだけは優秀な成績を納めていました。複数の大学で様々な学問を身に着けたことが、後に数々の名言を生み出すことに繋がったのでしょう。
三科目もの博士号を取得
大学進学後のノイマンは、23歳で数学、物理、科学の三科目で博士号を取得しました。ブタペスト大学とチューリッヒ工科大、ベルリン大学に同時に通ったノイマンは、数学だけでなく物理、科学の分野でも才能を発揮し、若くして異例の三科目もの博士号を取得するに至ったのです。
最年少で大学講師になる
3つの大学に同時に通い、更に三科目もの学科で博士号を取得したノイマンは、その才能を買われ、24歳の若さでベルリン大学講師に抜擢されます。至上最年少で大学講師となったノイマンですが、その3年後、ユダヤ人であったが故に、ナチス政権の台頭で祖国ハンガリーを追われ、家族と共にアメリカに移住します。
ノイマンはコンピューターの元祖を完成させた!
いまや現代の私たちの欠かせないものとなっているコンピューター。そのコンピューターの元祖を完成させたのが、ノイマンです。アメリカでブリジストン高等研究所に勤務したノイマンは、大砲の弾道や爆発の威力を研究する目的で、コンピューターを開発しました。この世界初のコンピューターを完成させた時に、ノイマンが残した名言は、後ほどご紹介します。
ノイマンの「ゲーム理論」とは?
1944年に、ノイマンは経済学者モルゲンシュテルンと共に「ゲーム理論と経済構造」を執筆しました。ゲーム理論とは、社会の意思決定や相互依存関係を数学を用いて研究した理論です。ノイマンは、このゲーム理論をチェスのゲーム中に思い付いたと言われています。
ゲーム理論は、現代でも経済学、社会学、心理学、政治学など様々な分野に影響を与え、ノーベル賞受賞者も生み出しています。ノイマンがコンピューター開発と共に残した偉大な功績のひとつが、この「ゲーム理論」です。
ノイマンは原子力爆弾の開発にも関与していた?
第二次世界大戦中にアメリカの戦略的アドバイザーとなったノイマンは、コンピューターだけでなく、原爆の開発にも関与していました。核兵器開発に良心の呵責を感じる科学者が多いなか、ノイマンは自分の研究の為なら、兵器の開発も厭わない性格でした。そんなノイマンの性格を象徴するような名言も残っています。
ノイマンの名言・格言7選!
IQ300の天才であったノイマンは、存命中に数々の名言・格言を残しました。その中から、特に有名な名言と格言を7つご紹介します。原爆開発者の冷徹さが伺える名言から、人生の奥深さを感じさせる名言まで、ノイマンの性格を象徴するような名言をご覧ください。
世界で2番目
IQ300の天才ノイマンは、コンピューターを開発した時「これで世界で2番目に計算が上手な奴が生まれた」という名言を残しました。世界で1番計算が上手な人物とは、ノイマン自身のことです。天才数学者らしい自信を感じさせる名言ですね。
京都への原爆投下を進言
アメリカ軍の戦略的アドバイザーでもあったノイマンは、非人道的な名言も残しています。マンハッタン計画により、原爆投下場所が検討された時、ノイマンは候補地の中から京都への原爆投下を進言しました。「日本国民にとって深い文化的意義を持っているからこそ殲滅すべき。」
この名言は、ノイマンが当初標的として提案されていた皇居への原爆投下に反対し、京都への原爆投下を進言した際の名言です。
数字は単純なものである
ノイマンは、人間の人生と数学を比較した名言・格言も残しています。「もしあなたが数学は単純なものだと思えないというなら、それはあなたが単に人生がどれほど複雑なものかを理解していないからにすぎない。」
人間の人生は、数学のように単純な数式で答えが出るものではないことを伝えている名言です。幼い頃から英才教育を受け、天才として才能を開花させる一方で、ナチスによりユダヤ人として迫害を受け祖国を追われた人生を思わせるような名言です。
数字は二次言語
ノイマンは、8歳で微分積分をマスターするのと同時に、世界史やゲーテの小説を読破するなど、文学にも優れた才能を発揮していました。「思考こそが一次言語であり、数学は二次言語である。数学は思考の上に作られた、一つの言語に過ぎない。」
この名言は「数学はあくまでも、人間の思考の上に作られたものに過ぎない」という意味でしょうか?数学だけでなく文学的な才能も感じさせるような名言ですね。
科学者は適さない
アメリカで原爆開発に携わったノイマンは、晩年まで核兵器開発に関係していました。ノイマンが原爆開発に関与したことについて残した名言が「生み出した物の使い道を決めるのに、科学者は適さない。」という名言です。「原爆開発に関与した科学者は、使い道にまで関与していない。」という意味の名言ですが、冷徹で残酷にも感じられる名言です。
凡人の思考が理解できない
同じくハンガリー出身数学者クルトゲーデルが、自分が発表した不完全定理をノイマンに語ったところ、ノイマンはその研究内容を即座に理解し、要約して語りました。「つまり、こういうことですね?」凡人の思考では理解できない天才ならではの名言です。
せっかちで論理的すぎる思考
青年期に祖国ハンガリーのソ連による占領を経験したノイマンは、次のような名言を残しています。「明日彼ら(ソ連)を爆撃しようではないかと言われたら、なぜ今日爆撃しないのかと言う。今日の5時と言うなら、なぜ1時にしないのかと言う。」
ソ連による共産主義を毛嫌いしていたノイマンの、敵対する国に対しては容赦なく即攻撃する性格を表した名言です。
稀代の天才ノイマンについて理解を深めよう!
今回は「コンピューターの父」と呼ばれたノイマンの生い立ちや性格、名言・格言などをお伝えしました。ハンガリーの裕福な家庭で英才教育を受けた天才ノイマンも、青年期にナチスの迫害を経験し、複雑な生い立ちを抱えていましたよね。
原爆や戦争に関わる名言を残したりと、無慈悲で冷酷な天才といったイメージが強いノイマンですが、実は芸術が苦手だったり、友人を笑わせたりする一面も持ち合わせていましたね。IQ300の天才と言われたノイマンも、理解を深めて見れば、意外と私たち凡人と同じ人間だったのかもしれません。