江戸時代の食事とは?身分の違いで食生活が違う?庶民・農民・武士

1603年からおよそ265年続いた江戸時代。この当時の食事は今と比べてどのようなものであったのか、食事回数は何回だったのか想像がつきますか?そこで今回は、江戸時代の生活や食事を、庶民、農民、武士・将軍の身分ごとに詳しく解説していきます。再現レシピも必見です!

江戸時代の食事とは?身分の違いで食生活が違う?庶民・農民・武士のイメージ

目次

  1. 1江戸時代ってどんな食事をしていたの?
  2. 2そもそも江戸時代とはどんな時代?
  3. 3江戸時代は身分で生活や食事が違っていた!?
  4. 4江戸時代の食事を解説!【庶民編】
  5. 5江戸時代の食事を解説!【農民編】
  6. 6江戸時代の食事を解説!【武士・将軍編】
  7. 7江戸時代の食事の再現レシピ7選!
  8. 8江戸時代にも外食はあったの?
  9. 9江戸時代にも料理本があった!?
  10. 10江戸時代は身分で食生活が違っていた!

江戸時代ってどんな食事をしていたの?

江戸時代は一汁一菜が通常の食事。現代の食事に比べるとかなり質素ではありますが、1日に3回食事を摂ることもできていましたし、月に数回程度ならお魚を食べることができていました。

おかゆと漬物

それに引き換え、現代の食事は高カロリーで栄養価も低く、生活習慣病を引き起こす原因となっています。そこで、江戸時代の質素な「和食」がヘルシーで健康を維持できると注目を浴びているのです。今回はそんな江戸時代の食事を詳しく解説します!

そもそも江戸時代とはどんな時代?

下剋上の戦国時代が終わり、江戸時代は身分制度が設けられたため、全体の半数以上を占めていた農民たちにも役職がありました。戦がなくなり、庶民たちが平和に暮らせる世の中になったのも江戸時代です。貧富の差や身分の差によって江戸時代の食事は変化しますが、現代の和食の基礎が出来たのは江戸時代と言われています。

江戸時代の模型

江戸時代は身分で生活や食事が違っていた!?

江戸時代庶民の生活は?

江戸時代の庶民は、棟続きの長屋に暮らすのが一般的でした。就寝時は敷布団を使うので今と変わりありませんが、特徴的だったのが頭の下に置く枕。そば粉や茶殻を入れた「くくり枕」が主流でしたが、髷(まげ)が流行した時代は木製の「木枕」が人気になりました。

和室から見える庭園

さらに、木枕にくくり枕が合わさったような「箱枕」が流行り、髷がぐちゃぐちゃにならないようキープしていたと言われています。また、今では考えられませんが、江戸時代では糞尿も貴重な資源だったため、高く売れていたそうです。

江戸時代の庶民の娯楽といえば、花見、花火、紅葉、雪見といった今と変わらない四季折々のイベント。また、井戸端会議は日常茶飯事で、洗濯をしながらお話をしたり家事のサポートをし合うこともあったようです。さらにお金を貯めて歌舞伎を見に行ったりタバコを買ったりと、現代にもその文化は続いています。

江戸時代農民の生活は?

江戸時代の農民は、長屋で暮らす庶民とは違い、茅葺屋根の一軒家で生活を送っていました。現代でも集落や古民家で見かけます。江戸時代の農民たちは農作業がしやすいよう、木綿や麻で作られた着物が普段着で、真冬の寒い時期にはかなり着込んでいたようです。

田んぼと茅葺屋根の家

現代では慶安の御触書が教科書からなくなったと言われているのですが、その内容から江戸時代の農民は真面目である印象を持っている人も多いのではないでしょうか?しかし、実際は年貢を納めることができれば良いので、多少の寝坊やサボりはあまり関係なかったようです。また、江戸時代の農民には1年の間におよそ50日ほど休暇がありました。

江戸時代の武士・将軍の生活は?

江戸時代を支配していた武士・将軍は、武家屋敷と呼ばれる家で生活を送っていました。武家屋敷には武士・将軍たちの家来も住み込んでいたため、200坪〜7,000坪ほどの広大な敷地に家を構えていたそうです。また、門構えによって武士・将軍たちの格式がわかるのも武家屋敷ならではです。

武士

今でいう公務員の立ち位置にいた江戸時代の武士・将軍たちは、それぞれの職種によって勤務内容も時間も様々でした。給与だけでやりくりできない武士・将軍たちは空き時間に内職をしていることがほとんど。暇を持て余す武士・将軍たちは稽古や勉学に励む一方で、人形浄瑠璃や歌舞伎といった遊びを楽しむ者も多かったそうです。

江戸時代の公家や医者などの生活は?

公家は白粉で顔を真っ白に塗りたくっているのが特徴的ですが、あれは昼でも薄暗い官邸で我を目立たせるためのお化粧なんだとか。天皇の下に位置する公家ですが、江戸時代を生きた中下流の公家は窮困な者も多く、内職をして生計を立てていたようです。

漢方医学だった江戸時代の治療は、手術ではなく薬を処方することがほとんど。身分制度によって誰もが医者になることを許されるわけではありませんが、医者になるのに資格は必要ありません。しかし、無資格で医者になれるとあって中にはヤブ医者もいたり、治療費は全額負担のため、貧困家庭の者は治療してもらえないといった問題もありました。

聴診器

江戸時代に差別を受けていた人の生活は?

江戸時代には「士農工商」という身分の総称があり、上から武士、農民、職人、商人の順に分けられていました。そして、この士農工商の下には「穢多(えた)・非人(ひにん)」と呼ばれる差別対象の人々がいたのです。

「穢多(えた)」というのは穢れ(けがれ)が多いと書き表しているように、死んだ動物の皮の加工や罪人の処刑といった穢れている仕事をしていました。また、「非人(ひにん)」というのは、物乞いや遊郭といった人がしたくないような職業に就いている人を言います。穢多・非人、どちらも住む場所に自由はありません。

江戸時代の食事を解説!【庶民編】

米が主食

テーブルのなかった江戸時代の庶民の食事は、お膳にご飯と味噌汁、漬物を乗せた「一汁一菜」が基本。こんな食事で体力が持つのかというと、そこはお米で補っていたそうで、成人男性にもなると1日に5合も白米を食べていたそうです。

お米

しかし、カロリーのほとんどをお米でカバーすることはできましたが、米を主食とした食事はビタミンB1不足による「脚気(かっけ)」と呼ばれる病気にかかる原因にもなりました。

庶民に人気のおかず

江戸時代の庶民が1日で食事をできる回数は朝食・昼食・夕食の3回。とはいえ、お米を炊くのは朝に1度だけなので、朝の食事はほかほかご飯とお味噌汁、昼の食事は冷やご飯とおかず、夜の食事はお茶漬けと漬物といった食事を摂るのが基本的。

1日の食事回数は現代と同じですが、夜は基本的に寝るだけなので質素な食事で済ませ、昼食をメインに食事の献立を立てていたようですね。

そんな江戸時代の庶民に人気のおかずは、きんぴらごぼうや煮豆、小松菜のおひたしや切り干し大根の煮物といった現代でも定番の野菜おかずばかり!魚料理がひと月で出る回数は片手で数えられる程度とのことで、いわしの目刺しや畳鰯などが定番でした。

江戸時代の食事を解説!【農民編】

かなり質素な農民の食事

江戸時代の人々のほとんどが食事で白米を口にすることができるのに対し、お米を作る農民たちはそれを年貢として納めなければなりません。そのため、白米だけを茶碗によそって食べることができず、庶民の食事とは打って変わってかなり質素な食事を摂っていました。

農作業をする男性

農民の節約メシ「かて飯」

そんな農民たちの定番の食事は「かて飯」と呼ばれる節約メシです。かて飯というのは、現代でいう混ぜ御飯のこと。少量の米に雑穀や芋がら、さつま芋等の野菜を入れた食事が主流でした。

食事回数は庶民と同じ3回で、このかて飯を1日のメインとして食べていました。農作業が忙しくなる時期には小食が加わり、食事回数は4回に増えることもあります。

江戸時代の食事を解説!【武士・将軍編】

二汁三菜が基本

江戸時代の武士・将軍の食事回数は庶民と農民と同じ3回。朝の食事は「二汁三菜」が基本で、昼の食事と夜の食事にはこれにおかずが少しだけ追加されているのが定番でした。

ごはん、汁物、向付、煮物、吸物、焼き物と、庶民と農民の質素な食事から比べるとかなり豪華な食事。しかし、武士・将軍の食事は役人たちが何度も毒味をしなければならなかったため、武士や将軍の口には出来立ての食事が入らず、美味しさは半減していたようです。

食べられない食材も

ネギやにんにく、ニラ等の野菜は現代の食事において定番ですが、香りが強いといった理由から武士や将軍の食事に出されることはありませんでした。また、マグロは脂が多いといった理由で武士や将軍の口には入らず、庶民のおかずとして出すことも多かったのだとか。さらに、お肉では「鶴」を食事として取り入れ、「鶏」を口に入れることはできませんでした。

大量のねぎ

江戸時代の食事の再現レシピ7選!

①石焼豆腐

石焼き豆腐とは、現代でいう豆腐ステーキに近いおかずです。石焼き豆腐のレシピは、水気を切った木綿豆腐をカットして、胡麻油を引いたフライパンで両面をこんがりと焼くだけ!仕上げに大根おろしを乗せて醤油を回しかけたら完成です。

焼き豆腐

②納豆汁

現代でも東北の郷土料理として有名な納豆汁は、江戸時代の食生活でも人気のお味噌汁でした!江戸時代の納豆汁のレシピは、すり鉢に納豆とだし汁を入れて荒くすりつぶし、鍋に移します。味噌を溶いてカットした小松菜と豆腐を入れて一煮立ちしたら完成です。

納豆

③源氏卵

源氏卵のレシピは、レンコンの皮をむいて鍋で茹でます。薄焼き卵を作った上に卵白を塗布し、茶漉しで小麦粉をまぶしましょう。その上にレンコンを置いて巻きつけたら立てて、レンコンの穴に卵白を流し入れます。オーブンや蒸し器で卵白が固まるまで非を通したら完成です。

④冷卵羊羹

冷卵羊羹は、江戸時代の食生活でも人気のスイーツです!レシピは、溶いた卵を布で濾し、混ぜ合わせておいた黒砂糖と酒を加えてさらに混ぜ合わせ、もう一度濾します。水につけてふやかした寒天を鍋で煮て溶かし、こちらも布で濾しておきましょう。熱した寒天の中に卵液を加えて混ぜ合わせ、水溶き片栗粉を加えてバッドで冷やせば完成です。

たくさんの卵

⑤高野豆腐のオランダ煮

高野豆腐のオランダ煮は長崎に伝わる伝統のレシピです。水で戻してカットした高野豆腐に片栗粉をまぶし、油でこんがりと揚げたら油を切っておきましょう。だし汁と醤油、砂糖とみりんを鍋で沸騰させたら、高野豆腐を加えてとろみがつくまで絡めて完成!お好みで千切りにした生姜をトッピングしても美味しいですよ。

⑥甘酒はやづくり

通常の甘酒は調理時間が15時間かかるのに対し、甘酒はやづくりは1時間で済むという超時短レシピです。お湯で軽く洗った道明寺干飯に水分を含ませ、ザルにあげます。水と米麹をすり鉢ですり合わせ、濾してから鍋に入れ、道明寺干飯も加えて混ぜ合わせます。鍋の温度を60度前後に保ち、30分〜1時間煮たら完成です。

甘酒の店舗

⑦当座鰤煎炙

当座鰤煎炙とは、魚を鍋で焼く調理法を用いたレシピ。鰤の鱗を包丁で削ぎ落としたら、三枚におろして1.5cm幅にカットします。胡麻油を引いた鍋に鰤とネギを入れて焼き、酒や醤油、砂糖で調味します。煮汁が少なくなったら完成です。

江戸時代にも外食はあったの?

江戸時代の後期に差し掛かると、外で仕事をしている人が食事をするための屋台が増加!蕎麦屋や天ぷら、寿司など、現代にも伝わる外食が流行していたのです。こうした食生活を楽しんだ江戸時代では、鍋料理も登場したというので驚きですね。

天ぷらそば定食

江戸時代にも料理本があった!?

江戸時代にも豆腐を使ったレシピや卵を使ったレシピを紹介した料理本がありました!こうした江戸時代の食事を現代の言葉に翻訳した本が発売されているので、興味のある方はぜひ手に取ってみてくださいね。

江戸時代は身分で食生活が違っていた!

江戸時代は庶民や農民、武士・将軍等、身分によって食生活が違い、その食事内容は質素なものから豪華なものまで様々。どのレシピも現代の食事のルーツとなり、食事回数も現代と同じです。

和食

生活習慣病の増加による食生活の見直しが推奨されている今、こうした江戸時代の質素な食生活を参考にしてみるのも一つの手段かもしれませんね。

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この記事のライター
aki17

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