2021年07月21日公開
2021年07月21日更新
731部隊の嘘と真実:NHKが日本軍の人体実験映像を公開。その内容とは?
2017年8月、NHKにて「NHKスペシャル 731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」が放送され反響を呼びました。評価の声の一方で、「嘘」「ねつ造」の声も少なくありません。もう一度番組内容を検証し、731部隊番組に「嘘」があったのか見てみましょう。
目次
- 1NHKスペシャルの反響 「感動した」「あれは嘘だ」
- 2731部隊とは
- 3731部隊の歴史
- 4731部隊論争
- 5「NHKスペシャル 731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」の検証
- 6基礎知識 ハバロフスク裁判とは
- 7731部隊の本部
- 8ハバロフスク裁判での731部隊員の証言(NHKのスクープ)
- 9大学と731部隊 (NHKのスクープ)
- 10石井四郎と京大、東大との関係 (NHKのスクープ)
- 11嘘か真か、731部隊は細菌兵器の研究も
- 12そして実践使用へ
- 13なぜ医学者たちを人体実験に駆り立てたのか
- 14終戦
- 15大学と軍事研究
- 16NHKは嘘をついているのか
- 17NHKが言い切った「戦後、731部隊はGHQに情報提供することで無罪放免となったこと」は嘘か
- 18歴史について大事なもの
NHKスペシャルの反響 「感動した」「あれは嘘だ」
8月13日に放送された「NHKスペシャル 731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」が大きな反響を呼びました。
NHKが「戦争」ドキュメンタリーを連発
終戦記念日に合わせて、NHKスペシャルでは連日連夜「戦争」のドキュメンタリーを流しました。
「原爆死~ヒロシマ 72年目の真実~」
「原爆と沈黙~長崎浦上の受難~」
「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」
「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」
「戦慄の記録 インパール」
「戦後ゼロ年 東京ブラックホール 1945-1946」
どの番組もSNS上で大きな反響を呼びましたが、中でも731部隊の回は賛否両論でした。
NHKの嘘だという意見も
Nスぺ「731部隊の真実」を見た(*`ω´)日本統治に反対した人々を「匪賊」として、テロリスト・思想犯として処罰する折、細菌戦の人体実験にした。かなり気が滅入る内容だ。戦争は簡単に人としての一線を越えさせる。一方で資料となったハバロフスク裁判の正当性を疑う声も根強い。 #Nスペ
— k-teramatsu(寺松一寿) (@kteramatsu) August 15, 2017
731部隊を取り上げたNHKスペシャルを見たネトウヨが「捏造だ!」「NHKは中国の手先だ!」と、あちこちで悲鳴を上げているので、NHKが良い仕事をした、と確信しました。
— きづのぶお (@jucnag) August 13, 2017
先日のNHKの「731部隊が細菌兵器などの残酷な人体実験を行っていた」という嘘番組に中国が便乗。見事な反日連係プレー。
— あきやん0823メイン☆大阪の星★☆★ (@osaka_no_hoshi) August 24, 2017
⇒中国、「日本軍731部隊の新たな証拠」を公開―中国メディア | 2017/8/21 - レコードチャイナ https://t.co/zjLACamrDO pic.twitter.com/n94ZWREScL
番組終了後、賛否、様々な意見がタイムラインに溢れました。
NHKスペシャルを動画を観ながら検証する前に、基礎知識をおさらいしたいと思います。
731部隊とは
731部隊は、第二次世界大戦期の大日本帝国陸軍(関東軍)に存在した研究機関です。
正式名称は関東軍防疫給水部本部で、満州に拠点となり、兵士の感染症予防や、それに必要な衛生的な給水についての研究を主な任務としていました。そして同時に細菌戦に使用する生物兵器の研究・開発機関でもあり、そのために人体実験や、生物兵器の実戦的使用を行っていたという説があり、その研究や実験内容について真実か嘘かという議論が戦後70年経過した今も続いています。
当時の公文書が残っておらず、当事者は口を閉ざし、証拠が見つからないことに起因します。
731部隊員
※写真は番組動画より
731部隊の歴史
満州国が建国された1932年に陸軍軍医学校直轄で、後の731部隊長となる石井四郎ら軍医5名で防疫研究室が開設され、同時に満州への研究施設の建築が始まり、翌1933年から731部隊の前身となる関東軍防疫班が作られました。
1939年のノモンハン事件の際、石井部隊の開発した防疫給水機が使用され、効果があったとされます。
一方で、同時に同部隊が川などにペストやチフスなどの病原菌を撒いたともされます。
出典: http://ww2live.com
石井四郎731部隊長
軍人というより学者風ですね
1940年にハルビン郊外に巨大な新施設が完成。「関東軍防衛給水部本部(通称号:満州第731部隊)」が石井四郎部隊長の元で組織されました。731部隊を含む本部の所属人員は、軍人と軍属を合わせ3000名以上となり、与えられた研究費は東京大学に匹敵する巨額な金額だったと言われます。
ここに召集されたのは、医学会の各分野の権威。
研究内容は「防疫」でしたが、他に中国だけでなく米国人やモンゴル人やロシア人の「思想犯(匪賊ととされた)」に対し「マルタ」と呼び、「細菌実験」「凍傷実験」「性病実験」「人体解剖」などの「人体実験」が行われたとされています。
ただ資料などの証拠が残っていないため、それが真実か嘘かはベールに包まれています。
1945年(昭和20年)8月、ソ連対日参戦により、731部隊などの施設の部隊は撤退しました。施設は破壊され、試験管などは焼却されました。生き残りの囚人も皆殺しにされたと言われています。部隊関係者の多くは特別な列車が用意され撤収逃げ切りましたが、一部は侵攻してきたソ連軍の捕虜となり、ハバロフスク裁判で、うち12名が戦争犯罪人として訴追されました。
石井四郎は、極東国際軍事裁判(東京裁判)で戦犯容疑を受けるが、GHQのダグラス・マッカーサー司令官とチャールズ・ウィロビー少将の協議によって、部隊が詳細な研究資料を提供したため、また米国としてもソ連に資料を渡さないため訴追を免れたとされます。
生き残りの部隊員は、医学会や大学の権威となったり、企業を設立しました。
その代表例が、731部隊の幹部の内藤良一らが設立した「後のミドリ十字」です。
その数十年後に、非加熱血液製剤による「薬害エイズ」事件で騒がれ、ミドリ十字はその代表的な会社として世間から非難を浴びることになります。
ちなみにミドリ十字社は1998年(平成10年)4月1日に「吉富製薬株式会社」と合併して法人格は消滅しました。
731部隊の研究施設だったとされる建物
建物真ん中の十字の辺りに捕虜の牢屋があったとされます。
※写真はWikipediaより
出典: http://ri4jp.web.fc2.com
内藤良一
731部隊の幹部。ミドリ十字の設立者でもあります。
出典: http://fhugim.com
薬害エイズ裁判
連日、ニュースでも取り上げられる社会問題となりました。ミドリ十字社も被告の一つです。
薬害エイズ裁判
1986年(昭和61年)4月、大阪医科大学付属病院における肝臓病治療の際に、止血を目的とした非加熱血液製剤(クリスマシン)の投与によって患者がHIVに感染、死亡した事について、ミドリ十字の代表取締役だった松下廉蔵・須山忠和・川野武彦が業務上過失致死容疑で逮捕・起訴された事件です。
裁判は3つに別れ、「ミドリ十字ルート」の3被告は当時の社長、副社長、専務で、「加熱製剤の販売開始後も非加熱製剤を回収せずに販売、1986年に使った患者を死亡させた」責任を問われました。大阪高裁は松下被告に禁錮1年6か月、須山忠和被告に1年2か月の実刑を言い渡し、2005年6月、最高裁で「ミドリ十字ルート」は確定しました(元専務の川野武彦は途中で死亡)。
ミドリ十字は薬害エイズのほかに、血液製剤でC型肝炎の被害も出しました。
しかし負の部分だけ強調されるミドリ十字ですが、血液製剤という分野で長年、戦後日本の医学をけん引し多くの命を救ってきたことは否めません。
731部隊論争
731部隊の存在が世間に一躍知られるようになったのは、1980年代前半に赤旗で連載され、光文社から出版された森村誠一氏の「悪魔の飽食」という書籍でした。
公称300万部を売り上げたこの本は、賛否両論含め、大変な話題作となりました。
悪魔の飽食
出典: ://
悪魔の飽食
最初に出版された光文社版です。
出版社の説明文はこんな感じです。
日本陸軍が生んだ“悪魔の部隊”とは何か?世界で最大規模の細菌戦部隊(通称石井部隊)は日本全国の優秀な医師や科学者を集め、ロシア人・中国人など三千人余の捕虜を対象に、非人道的な数々の実験を行った。歴史の空白を埋める日本細菌戦部隊の恐るべき実像。本書は極限状況における集団の狂気とその元凶たる“戦争”に対する痛烈な告発の書である。
石井四郎隊長率いる731部隊による生々しい「人体実験」の描写に寒気がするような内容です。
被験者を「マルタ(丸太)」と呼びます。
凍傷実験として、生きた人間を氷点下20度の中で、水槽の中に腕を入れさせ凍傷にさせ、これを軽くトンカチで叩くと、肉がポロリと落ちて腕が骨だけになった。
解剖実験として、各研究班が「脳みそが欲しい」「うちは心臓だ」などと予約。
細菌実験として、陶器製で爆薬を弱めた細菌爆弾を被験者に落とし、菌に感染する過程を観察。
最後は証拠隠滅のため、施設を爆破し、捕虜を皆殺しにして立ち去るといった、文字通り「丸太(マルタ)」を切り刻むような内容です。
この本で証言する兵士は「自責の念」から、当時の「真実」を語ったとのこと。
731部隊と森村誠一
出典: http://img.drillspin.com
森村誠一氏
著作『人間の証明』『悪魔の飽食』など多数
森村誠一氏が原発をテーマにした『死の器』を赤旗に連載中に731部隊の内容について少し触れたところ、同部隊の「生き残り」の一人から連絡があったそうです。
同部隊の生存者の一人から、「『死の器』に書かれている七三一部隊の実態は、あんなものではありません。もし実態を知りたければ取材に協力する」という連絡があった。最初に接触した元隊員の協力をきっかけに、世界的戦争犯罪アウシュビッツに匹敵する七三一部隊の恐るべき実態が次第に浮かび上がってきた。 当時「赤旗」の記者であった下里正樹氏の協力を得て、取材網を同部隊の本部があったハルビンまで拡げた。終戦に際して、七三一部隊が秘匿研究開発した生物兵器が当時のソ連に渡ることを恐れた米国は、七三一部隊の部隊長以下幹部をお咎めなしとして生物兵器を独占した。 『人間の証明』による収入を転用して、私は取材網を中国の長春(旧新京)、瀋陽(旧奉天)、北京および米国まで拡大した。
光文社から出版された『悪魔の飽食』は発行部数三百万部に達しました。
「嘘」の写真があり回収、絶版に
2作目となる「続・悪魔の飽食」が出版されましたが、そこに掲載された「元隊員であったという人物から提供された」写真の一部が、<20世紀初頭の「満洲」におけるペスト流行のときの写真の写真>であることが判明しました。
森村氏自身も写真に偽物が含まれていたことを認め、光文社は同書を回収、絶版の処分としました。
その内容を全否定する言説や森村氏に対する脅迫なども行われました。
その後、森村氏は脅迫にさらされ、防弾チョッキを身に着けて外出する日々を送ることになります。
出典: http://home.att.ne.jp
続・悪魔の飽食
こちらに掲載された写真が違うものが使われたため、廃盤・回収騒ぎになりました。
その後の「悪魔の飽食」「731部隊」の論争ー嘘か真実かー
秦郁彦氏は、自身の研究で細菌戦研究や人体実験の真実については認めています。ただ『悪魔の飽食』の内容そのものの信憑性には疑いを持ち、「小説とノンフィクションがごっちゃになっている」とコメントしています。
・関係者はすべて匿名であり、その証言の裏付けがとれない。 ・731部隊に関する資料をアメリカが回収し、米国立公文書館が細菌戦研究などに関する米情報機関の対日機密文書10万ページ分を公開したが、裏づけとなる資料はまだ見つかっていない。 ・戦後のハバロフスク裁判で発言の信憑性自体が研究者から批判されている。 ・真空室にほうり込み、内臓が口、肛門、耳、目などからはみ出し破れる様子を記録映画に撮る。 →宇宙開発での実験により、このようなことは起きない事がわかっている。
現在では常石敬一氏、松村高夫氏、青木冨貴子氏等の著作や、元731部隊兵士の証言や著作などによって、731部隊は「嘘」ではなかったこと、そしてその全貌も徐々に明らかにされております。
秦氏が疑念を持った「匿名」についても、これらでは実名が紹介されております。
731部隊の細菌戦研究や人体実験内容そのものを否定しようとする歴史学者は、中川八洋氏が2002年に「プロパガンダ小説」と「正論」に書いたものを除き、いないようです。
悪魔の飽食については、一部真偽に乏しいところがありますが、731部隊の人体実験や細菌実験が行われた事実は否定が難しいようです。
出典: http://www.ianfu.net
秦郁彦氏
歴史学者。
著作『昭和史の謎を追う』で、731部隊の人体実験や細菌兵器の事実は認めながらも、悪魔の飽食の一部記述に対し反論。
出典: http://medical.nikkeibp.co.jp
常石敬一氏
作家。
悪魔の飽食より前から731部隊を研究。著作 1981年に『消えた細菌戦部隊 関東軍第731部隊』。
1995年の『七三一部隊―生物兵器犯罪の真実』 1999年『医学者たちの組織犯罪―関東軍第七三一部隊』
2005年 『戦場の疫学』などでさらに検証を重ねる。
出典: http://www.anti731saikinsen.net
松村高雄氏
歴史学者。 米国ユタ州のダグウェイ細菌研究所で発見された、731部隊が行い米国に渡った人体実験の資料とされる「ダグウェイ文書」の調査にあたる。
出典: https://www.jnpc.or.jp
青木冨貴子氏
作家。
石井四郎の戦後を追った『731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』で、消えた人体実験のレポートの行先など、戦後の闇について追及。
「NHKスペシャル 731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」の検証
今までの流れを踏まえて「NHKスペシャル 731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」の動画の内容を検証していきましょう。
NHKスペシャル 番組(動画)のポイント
ここまで述べてきた通り、731部隊については真実か嘘かも含め、議論や調査が重ねられてきましたが、厚いベールに包まれてきました。
この番組の内容は、4つの切り口で検証しています。
①「ロシア国立音声記録アーカイブ」というところで、捕虜となった部隊員が裁かれたハバロフスク裁判の音声データが見つかり、それを初公開するというスクープがメインとなっています。
その裁判では、731部隊の人体実験の内容について、被告が肉声で証言しています。
②それとは別に、生き残り「少年兵」らにもインタビューしており、731部隊の戦友会の名簿には京大や東大の大学教授などのエリートの名前が連なっていたことや当時の実体験の証言を取っています。
③京都大学を取材し、大学文書館に保管された文部省と京大の往復文書のなかから、731部隊と京大との“金銭のやりとり”を示す文章を紹介します。
④問題提起として大学の研究と軍事が結びつくことの危険性を問うています。
基礎知識 ハバロフスク裁判とは
ハバロフスク裁判は「嘘」と言われていた
第二次世界大戦後の1949年12月25日から12月30日にかけて、ソ連のハバロフスクの士官会館で行われた旧日本軍に対する軍事裁判の通称です。主にソ連への進攻計画としての関特演、日本の対ソ攻撃、731部隊などが裁かれました。
他の部隊含め、12名の日本人が裁かれ、服役後10名が帰国。2名が死亡しました。
戦後長い間、ソ連が公表した文章しか残っておらず、「嘘」という声も上がっていました。
また国際法違反という声もあり、信ぴょう性や公平性を疑問視する声も絶えません。
裁かれた12名の関東軍、731部隊の幹部
※写真は番組動画より。
731部隊の本部
ハルビンの位置
地理はソ連との国境沿い(緯度は北海道くらいです)、緊張高まるソ連との戦争に備え、細菌兵器の開発がなされていたと紹介されています。
※写真は番組動画より
ハルビン郊外の731部隊本部周辺
冬に撮影されたのでしょうか。雪が積もっていますね。
※写真は番組動画より
施設
建物の研究室は最新式で冷暖房完備、真ん中に捕虜(マルタ)の牢獄があったと紹介されます。
※写真は番組動画より
ハバロフスク裁判での731部隊員の証言(NHKのスクープ)
番組では、裁判における、被告たちの生々しい証言が紹介されます。
「マルタ」という単語がここでは使われていません。
証人
※写真は番組動画より
「ワクチンの効力検定をやるために、中国人それから満(州)人に対し、チフス菌を入れた砂糖水を飲ませて、細菌に感染をさせた。人体実験によって亡くなった人は12から13名」
「建物の中に、約4〜5名の囚人を入れ、ペスト蚤を散布。その囚人たちは全部ペストにかかった」
「囚人の中には乳飲み子を抱えたロシア人の女性がいた」
「人を細菌に感染させた後は部隊で治療したが、回復した後には次の実験に使った。死ぬまで実行した」
「つまり監獄より生きて出た者は1人もいない」
大学と731部隊 (NHKのスクープ)
731部隊に送り込まれた元少年兵が2名登場します。
数少ない「生き残り証人」です。
元少年兵の証言
「マルタはみんな丸坊主」
末端の少年兵にも「マルタ」という単語が浸透していたのですね。
理学博士、医学博士など各界の権威が集まっていたことにも言及します。
※写真は番組動画より
他の少年兵の持っていた名簿
他の元少年兵が登場しますが、保管していた戦友会名簿に帝大を中心に各大学から集められたことが明らかになります。NHKはこの名簿以外にも、名簿を発見し、それぞれの医師の経歴を洗っていきました。
※写真は番組動画より
京大の出身者が突出
名簿を洗ったところ、京大と東大から多く送り込まれていることがわかります。
調査を進めていくと、研究者個人に今のお金で500万円が振り込まれるなど、部隊と大学の関係が浮かび上がりました。その研究者の一人の京大助教授は731部隊でチフス菌の研究を行いました。
※写真は番組動画より
戸田正三
京大医学部長。
番組によると、戸田正三は軍と結びつくことで、多額の研究費を手にすることになったとのこと。
戸田自身、医学者も満州開拓に貢献すべきと発言していました。
※写真は番組動画より
多額な研究費が使われる
裁判でも研究費について言及されました。
731部隊には多額の国家予算がつぎ込まれ、研究費にあてられました。
※写真は番組動画より
石井四郎と京大、東大との関係 (NHKのスクープ)
現在の金額で300億円もの予算を動かしていたのが731部隊の部隊長・石井四郎でした。NHKが調査したところ、京大医学部出身の石井四郎は、母校の指導教官の一人だった戸田と繋がっていました。戸田と関係の深い研究室を中心に、京大では11人が731部隊へ赴任したようです。
東京大学は取材拒否でしたが、東京帝国大学総長の長與又郎と石井が交流していた事実も明らかになりました。
「関東軍司令部に赴き軍医部長を訪い、さらに司令官に面会す。平房に石井部隊を訪い石井大佐の案内にて事業の一般を見学。水だきの饗応をうく。」(長與又郎の日記より)
医学者の手記より
医学者の中には731部隊に送られた経緯を詳細に書き残していた人もいました。「多くの命を救いたい」と医学者を志したその人は、教授の命令には抗えなかったようです。
「先生は突然満州の陸軍の技術援助をせよと命令された。せっかく熱を上げてきた研究を捨てることは身を切られるほど辛いことであるから、私は即座に断った。ところが先生は今の日本の現状からこれを断るのはもっての他である。もし軍に入らなければ破門するから出ていけと・・・」
このように研究者として「生き残り」のために参加した人もいました。
この学者が帰国後にどのようにコメントするかは後述します。
命を救いたいと志した医者が731部隊で行ったこと
その医学者の担当は凍傷でした。当時、極寒地にいる関東軍の兵士たちは凍傷に悩まされていました。その研究目的で「マルタ」を対象に人体実験を行っていた様子がハバロフスク裁判でも同僚によって語られました。
その内容はおぞましいものでした。
「吉村技師の研究では、極寒機において約零下20度ぐらいのところに囚人を外に出し、大きな扇風機で風を送って、その囚人の手を凍らして凍傷を人工的に作った。凍傷手は小さな棒でその指をたたくと板のように硬くなる」
その医学者、吉村は部隊で凍傷研究を進めながら満州の医学界では論文も発表していました。論文には、絶食3日、一昼夜不眠などの状態においてからなど、様々な条件で観察していました。裁判では吉村の研究室で凍傷実験の対象となった人を実際に見たという証言もありました。
「長い椅子に5名の中国人の囚人が腰を掛けていた。その中国人の手を見ると3人は手の指がもう全部黒くなって落ちていた。残りの2人は指がやはり黒くなってただ骨だけ残っていた。凍傷実験の結果こういうことになったと聞いた。」
嘘か真か、731部隊は細菌兵器の研究も
ついに部隊は、ジュネーヴ条約で禁止されていた細菌兵器の研究にまで手を染めます。
日本は批准していませんでした。
細菌兵器実験
「安達の演習場で自分の参加した実験はチフス菌であります。それは瀬戸物で作った大砲の弾と同じ型をした細菌弾であります。空中でもって爆破して地上に噴霧状態になってその菌が落ちるようになってました。そして菌が地上に落ちたところを被実験者を通過させたのと、それから杭に強制的に縛り付けておいてその上でもって爆破して頭の上から菌をかぶせたのと2通りの方法が行われました。大部分の者が感染して4人か5人か亡くなりました。」(731部隊 衛生兵 古都)
※写真とコメントは番組動画より
そして実践使用へ
「731部隊の派遣隊は中国の軍隊に対して細菌武器を使用した。使われる細菌は主としてペスト菌、コレラ菌、パラチフス菌。ペスト菌は主としてペスト蚤の形で使われました。その他のものはそのまま水源とか井戸とか貯水池というようなところに散布された。」
いわゆる「マルタ」だけでなく、実践でも使用されたということです。
なぜ医学者たちを人体実験に駆り立てたのか
生きた人間を人体実験するという残酷極まりないことを行ったのは、他でもない人の命を守るべき医学者でした。
彼らが躊躇なく実験に踏み切れたのは、日本国内の世論でした。日中戦争が激化する中、日本軍やメディアは中国人らを匪賊と呼び、残酷極まりない連中と煽ることで憎悪を駆り立てました。世論は軍による処罰を強く支持していました。そうした時代の空気と、研究者は無縁ではありませんでした。731部隊以外でも学術界では匪賊を蔑視する感情が広がっていました。
人として扱っていないので「マルタ」という単語が使われたのでしょう。
番組では、実際に北海道帝大の研究者が人体実験を行ったことを公の場で発表する講演録も紹介されます。
当時の新聞記事
「匪賊は残虐極まりない生き物」として憎悪を煽りました。
※写真は番組動画より
終戦
石井四郎部隊長を初め、研究者たちには特別な列車が用意されいち早く帰国しました。
部隊の事を一切口外するなと命令が下りました。
建物は爆破され、人体実験で生き残りの「マルタ」は皆殺しにされ焼却されました。
死体の処理を任されたのが少年兵でした。
元少年兵
「死体を独房からだし、中庭に鉄格子を組んで、ガソリンで火をかけ骨にして、骨を折る」
「戦争なんてこんなものか、戦争なんかするもんじゃない。と一人泣いた」
※写真とコメントは番組動画より
隊員たちのその後
NHKは名簿に載った隊員のその後を調べましたが、多くの研究者は戦後に罪に逃れることもなく、医学会で権威となります。彼らの口からは731部隊について語られることはありませんでした。
青木冨貴子氏の調査によると、隊長の石井四郎はGHQに研究資料を提供することで、罪を逃れたと言われています(鎌倉会議)。2003年には石井四郎本人の手記が同氏によって発見されます。その内容は戦時中、戦後の行動記録が克明に記されていたが、非人道的行為などについては一切の記述が無かったとされます。
石井四郎はその後、近所の人に無料で診察する小さな病院を開いたという話もあります。
内藤良一はミドリ十字の前身となる会社を立ち上げ、血液製剤の第一人者となります。「ミドリ十字」立ち上げのきっかけは、戦後の飢餓の中で輸血さえできれば救える命があるというところだったようです。
そして皮肉にも、彼らの非人道的な人体実験は、戦後日本の医学に貢献してきたことは否めません。
一方で、朝鮮戦争で米国が細菌兵器を使う際に利用されたともいわれています。
また「多くの人の命を救いたい」と医師になった吉村も「上官の命令に従って、研究を進めただけ」と、非人道的行為を否定し続けました。
悪の凡庸さ
ハンナアーレントの「エルサレムのアイヒマン」によると、ナチスでユダヤ人大量殺戮を指揮したアイヒマンは生き残り、南米に亡命していましたが、イスラエルの諜報組織モサドによって逮捕されます。その裁判がエルサレムで行われました。法廷で、アイヒマンは「自分はただ上司の命令を忠実に実行したにすぎない」と弁明して、裁判を傍聴したハンナを驚かせます。悪魔でも怪物でもないこんな平々凡々たる人間が、ただ命令だというだけで大虐殺を日常業務のようにやってのけ、自分では善悪は考えなかったのかと。ハンナはこれを「悪の凡庸さ」と表現しました。
アイヒマンとこの吉村医師と被るところがないでしょうか。
罪の意識を持つ731部隊員も
音声記録の最後には、被告たちが自らの心情を語った発言が残っていました。
医学者柄沢十三夫。人体実験に使われた細菌を培養した、責任者でした。戦争が終わってから初めて、罪の重さに気付いたと語っています。
明らかに泣きながらの発言です。
「自分は現在平凡な人間といたしまして、自分の実際の心の中に思っていることを少し申してみたいと思います。私には現在(声がつまる)日本に82になります母と妻ならびに2名の子供がございます。なお私は自分の犯した罪の非常に大なることを自覚しております。そうして終始懺悔をし後悔をしております。私は将来生まれ変わってもし余生がありましたら自分の行いました悪事に対しまして生まれ変わった人間として人類のために尽くしたいと思っております。」(731部隊 軍医 柄沢十三夫) 彼は刑に服した後、帰国直前に自殺したと伝えられています。
戦後も生き残り罪の意識を持たず権威となる人、人のために働いた人、自殺した人と様々です。 一つだけ言えることは、非人道的行為と思われる行為が、当人たちは「責任感」と「良心」と「忠誠心」で行っているということ。 だれでもアイヒマンになり得るということですね。
大学と軍事研究
恐らく、この番組で最も伝えたかったことは、731部隊の非人道的な実験の有無でも、名簿に載っている元隊員を断罪するためでも、生き残りの少年兵の言葉から「反戦や平和」の言葉を聞くことでもなく、以下のことであったのではと思います。
NHKスペシャルで伝えたかったことはこれでは
日本学術会議の会場では、731部隊がアメリカの原爆開発と並んで取り上げられました。
「科学者の責任ということです。科学者は戦争に動員されたのではなくて、むしろ歴史を見てくると、科学者が戦争を残酷化してきた歴史があると思います。」
日本学術会議にて
言われてみればノーベルもアインシュタインも人を殺す道具を発明したと考えていないはずでしょうね。
NHKは嘘をついているのか
731部隊の存在、そこで人体実験や細菌兵器の研究が行われていたことは、歴史学会では「保守系」と言われる秦郁彦氏を含めて否定する人おらず、「ダグウェイ文書」などが発見されており、これらは「史実」とされています。
それでも「非人道的」な実験の有無については否定する声が多く、結果「NHKのねつ造番組説」などが後を絶たないのが事実です。
史実については学者に任せるとして、この番組のポイントについて検証しましょう。
ハバロフスク裁判は嘘か? NHKが入手した音声は嘘か?
この裁判については国際法上に問題があるという意見が多いようです。
旧ソ連側の資料しかなく、長年の間「ねつ造」という説もありました。
また被告が「ソ連の圧力で証言を言わされている」という説もあります。
今回のNHKがスクープした音声データの裁判の様子では、現場にいないとわからない詳細な描写が多く、息遣い、嗚咽なども伝わる内容で、これをでっちあげたり、台本で言わせるには無理があると思われます。
音声テープも「プロパガンダ」用とは考えにくいです。
ただ裁判の公平性や正当性に対しては、議論の余地があるのではないでしょうか。
元少年兵は嘘か
2人の生き残りの元少年兵が登場しますが、他の証言や資料との食い違いは見られないと思われます。
戦友名簿は嘘か
この元少年兵の方の持つ名簿以外にも、他の名簿も調査されているようで、裏が取られていると思われます。実際に「細菌学」を教わったという証言をする方と、名簿を持っている方は別人であり、証言が一致していると思われます。
証言は嘘か
「マルタは丸坊主」「鉄格子の上で死体にガソリンを撒いて焼いた」話などかなり具体的です。こればかりは確かめようがありません。
NHKが言い切った「戦後、731部隊はGHQに情報提供することで無罪放免となったこと」は嘘か
部隊員は米国と取引をすることで責任を追及されることなく生き残り、医学会の重鎮になったという話も言及されています。
一方で、「731部隊は東京裁判で訴追されなかった。それは何も訴追されるような犯罪事実がなかったからだ」という説があります。
それについての反論は、ホームページの作りは良くないですが、内容的には以下のリンクが詳しいです。
ご参考まで
歴史について大事なもの
史実は古文書や資料などの積み重ねでできるものであり、「真実」と言われるものにするのは難しいです。
よく近代史の論争で目立つのが「この写真が間違っているからこの説は嘘だ」といった、一点突破全面展開的な言説です。
あとこのような「旧日本軍が行った話」になると、どうしても感情的な話になりがちです。
それは加害国、被害国という観点で見ているからではないでしょうか。
このような非人道的な蛮行を許すことはできませんが、むしろ私たちが学び追及すべきは誰が行ったかではなく、どうしてこのようなことを行ったのかということではないでしょうか。
そして学術会議で出てきた「科学者が戦争を残酷にしてきた」という言葉のように、負の歴史を繰り返さないために、歴史を学ぶべきではないでしょうか。
NHKスペシャルのこの番組は賛否両論ありますが、優れていたのは、まさに歴史そのものを検証するのではなく、それを教訓にしようとしたことではないでしょうか。