2021年09月24日公開
2021年09月24日更新
話題の「本能寺ストーブ」はどこで購入できるの?信長が炎上して暖かい
「本能寺ストーブ」をご存知ですか?寺に見立てたストーブに火を点けると、本能寺の変よろしく信長が最期の舞を!「欲しい」という声が続出する一方、購入した人は誰もいないという謎の品物です。この記事では本能寺ストーブの実体と発案の基になった歴史の豆知識をご紹介します。
目次
Amazon?楽天?「本能寺ストーブ」はどこで買えるのか
まずは「本能寺ストーブ」がどのようなものかをご覧いただきましょう。寒い冬、外から帰ってきてストーブに火を点けると…
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左の画像が話題の「本能寺ストーブ」。炎上する本能寺の中で織田信長のシルエットが浮かび上がっています。
Amazon・楽天・Yahoo!…通販で売っていないか探してみた結果
出典: http://www.irasutoya.com
「こんなに洒落たストーブなら通販サイトで確実に売っているだろう」と、筆者は通販サイト大手のAmazon・楽天・Yahoo!ショッピング・主だった家電量販店のオンラインショッピングで『本能寺ストーブ』と検索してみましたが…
どこのサイトも結果は「該当がありません」という表示でした。
もしや爆発的人気か少数限定品だったのか…。
信長を燃やすのは秀吉!?本能寺ストーブの基礎はトヨトミ製?
本能寺ストーブをよく見れば、どうやら既成品の上に屋根をかぶせ、中に信長のシルエットをかたどった何かをセットしたのではないかという雰囲気が伝わってきます。
そこでAmazonで商品検索をしてみると、それっぽい商品が見つかりました。
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こちらが本能寺ストーブの基礎になっていると思われるトヨトミ社の対流型ストーブ「ML-25A B」。Amazonでヒットしたものの在庫はなく、楽天など他のサイトでは該当すらありませんでした。
どうやらこの型は生産終了してしまっているようです…。
購入不可!「本能寺ストーブ」の正体
出典: https://twitter.com
本能寺ストーブが生まれたのは「prototype1000」というアイデア提案サイトでした。なるほど、これは実際に造られたものではなく、アイデアとして画像加工された「幻の一品」だったわけですね。
本能寺ストーブの主人公・織田信長
「本能寺ストーブ」が実在しないアイデア商品であることが分かりましたが、折角なのでその背景の豆知識を覚えませんか?
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織田信長(1534~1582)
尾張の小大名だった織田家を天下統一目前までの大勢力にした信長。
生まれの1534年を『以後見知りおきを信長さん』、亡くなった1582年を『天下人、以後は握れぬ本能寺』と覚えることができます。
「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」と例えられるように、冷徹非情な怖い人物としてイメージされる方も多いでしょう。
しかし、有能な部下を見出し合理的な領国経営を行ったことや、楽市楽座などの画期的な政策を実行した優秀な君主・政治家の面も見落としてはいけないでしょう。
寝間着で最期の舞!ストーブに浮かぶのは信長最期の雄姿!
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本能寺の変を描いた絵。右端が織田信長で左端は森蘭丸
天正10年6月2日(太陽暦で1582年6月21日)、「人間五十年」で知られる敦盛(あつもり)を好んで舞ったと言われる織田信長は、家臣の裏切りによって数え49歳の生涯を閉じます。
本能寺ストーブが映し出す信長のシルエットは寝間着姿
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京都・本能寺で寝込みを襲われた信長は寝間着姿のまま弓を取り応戦しますが衆寡敵せず。炎上する寺の中で最期に敦盛を舞ったとも言われています。
先に見ていただいた本能寺ストーブに映る信長のシルエットは、まさにその舞い散る姿を彷彿とさせます。
誰が移転させた?今の本能寺は織田信長最期の地ではない!
本能寺は今も京都にあり、修学旅行生や観光客が訪れる人気スポットになっています。
しかし、この本能寺は信長最期の地ではありません。
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信長最期の地には、「この付近本能寺址(あと)」という石碑が建てられています。
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現在の本能寺。信長死後に今の地に建てられましたがそれも江戸時代に炎上消失し、昭和初期に再建されています。
本能寺移転を指示したのは信長の家臣だった
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豊臣秀吉(1536~1598)
農民出身ながら信長に才能を見出され、後に天下人となったトヨトミ…じゃなく豊臣秀吉。
彼の生年は「トヨトミは以後寒(1536)ないで、秀吉さん」と覚えることができます。
焼失した本能寺を現在の場所で再建させたのは、信長の家臣だった豊臣秀吉でした。本能寺の歴史には信長や明智光秀だけでなく、秀吉も一枚かんでいたわけです。
因みに本能寺の変が起きた当時の秀吉は「羽柴」だったので、信長からすれば「トヨトミ?誰じゃそれは?」なのですが…。
まとめ
本能寺ストーブの全貌とその背景にある本能寺の変に関することがらについてまとめてみましたが、いかがだったでしょうか。
残念ながら購入することはできませんが、いつかトヨトミさんが商品化してくれたら大ヒット間違いなしかもしれませんね。