2021年05月20日公開
2021年05月20日更新
イギリスに存在する階級社会とは?5つの制度や労働者階級の英語、差別や歴史
イギリス人は伝統を重んじる国民性をもつといわれます。階級制度も、英国社会の伝統の一部といえます。日本人には理解の難しい面や、非合理な面をもつシステムではありますが、この先もそう簡単になくなるものではありません。労働者階級であっても、社会的・経済的に成功する道が残されていることが希望の窓です。
目次
イギリスには本当に階級制度があるの?
イギリスは誰もが知る、国王を戴く立憲君主国です。
また、伝統ある名門貴族たちが今なお広大な土地や邸宅を所有していることを知る人も多いでしょう。
しかし、それだけではなく、英国の社会全体を階級制度が覆っているというのは本当なのでしょうか?
我々日本人なら、階級制度と聞くと、前時代的で差別的・非人道的なシステムと考えてしまいます。
ボーダーレス社会に向かう21世紀の世界の、しかも先進国のひとつイギリスに、本当に階級制度は存在するのでしょうか?
本当にあるイギリスの階級制度
じつはイギリスには、いまなお階級制度が存在します。
しかも、階級制度の存在を国民の誰もが意識し、自分自身がどの位置にいるのかを自覚しています。
ただしこの階級制度は、法律に定められているわけでも、明文化されているわけでもありません。
イギリス社会に染み付いた不文律として、営まれ続けてきた社会の様態です。
そして、上位の階級と下位の階級との間に、支配・被支配の関係があるわけではありませんし、階級間の差別もありません。
ただ、階級はかなり明確に存在していて、異なる階級同士の交流は少なく、個々人は自身が属する階級からなる社会の中で暮らしているということができます。
イギリスでは、階級を変えるのには3代かかるといわれます。
これは、才能や努力によって自分自身の階級を変えることの難しさを物語っています。
成功して裕福になることはできても、階級を変えることは非常に難しいのです。
イギリスの階級区分を最初に唱えたのは19世紀のイギリスの批評家マシュー・アーノルドです。
彼は「上流階級」「中流階級」「下層階級」という3区分の図式でイギリス社会を捉えました。
その後の社会学者たちは、20世紀に入ってさらに変化するイギリス社会を反映する形でこの区分に手を加え、以下の5段階の階級区分が一般的に使われるようになりました。
上流階級(UPPER CLASS)
上位中流階級(UPPER MIDDLE CLASS)
中位中流階級(MIDDLE MIDDLE CLASS)
下位中流階級(LOWER MIDDLE CLASS)
労働者階級(WORKING CLASS)
現在はこれとは異なる、上流階級以外を7段階で捉える階級区分も存在しますが、イギリス国民が意識する区分はいまもこの5段階区分の図式です。
日本とイギリスの階級意識の違い
江戸時代の日本には、「士農工商」という身分制度がありました。
さらにその上位には、皇族や貴族からなる公家が存在しました。
明治維新によって「士農工商」は廃され、「四民平等」の社会となりましたが、かつての公家や大名、新政府高官らは華族として特権的階級に留まりました。
第二次大戦後、GHQの命令により華族制度は撤廃され、日本における身分制度は完全に消滅しました。
同和問題はいまなお存在し、差別がなくなったとはいえないものの、現在の日本人の意識の中に、階級制度はありません。
日本人の90%以上は、自分が中流階級に位置していると認識しています。
日本人が社会の中でのポジションやステータスを評価する際に用いる指標の第一は、経済力です。
お金を持っている人は社会での成功者と評価されます。
「お金持ち=セレブ=上流階級」という図式です。
一代で富を成した人でも、成功者は上流階級の仲間入りを果たすことができます。
イギリスでの事情は、日本とは全く異なります。
イギリスでは、頂点に位置する上流階級の人口割合は、全体の10%に満たない数です。
一方、最下層の労働者階級は全体の半分を超えます。
これらの階級を決める指標は、経済力ではありません。
労働者階級出身でも、サッカー選手のデイビッド・ベッカムのように富を築き大豪邸に住む人もいます。
しかし、彼は依然として労働者階級のままです。
ちなみにベッカムは2003年に大英帝国勲章を受章しています。
この勲章には5段階のランクがあり、上位2位までがナイト爵に当たり、男性ならSir(サー)、女性ならDame(デイム)の敬称が許されます。
ベッカムが受章したのは第4位のランクのもので、ナイトの爵位は与えられていません。
イギリスの階級制度の実態を伝える本
イギリスの階級制度については、多くの研究や報告があり、さまざまな本が出版されています。
入門的な本としては、以下のようなものがあります。
『イギリスの階級社会』 デヴィッド・キャナダイ著
『イギリス社会」入門 日本人に伝えたい本当の英国』 NHK出版新書
『階級にとりつかれた人びと―英国ミドル・クラスの生活と意見』 新井潤美著
『イギリス貴族』 小林章夫著
イギリスの階級制度はどうやってできあがった? その起源と歴史
産業革命が生んだ三層構造の階級区分
中世末期のイギリス社会は、王族、聖職者、貴族、ジェントリ(郷紳:下級地主層)といった特権階級と、自作農、小作農(かつての農奴)などの庶民とに二極化していました。
1688年に起きた名誉革命後、「権利の章典」の制定によって王権は大幅に制限され、貴族によって構成される議会が大きな権限をもつことになりました。
18世紀に産業革命が起きると、庶民の中から資本家が出現します。
ジェントリ(郷紳:下級地主層)の中からも工場経営を行うものが出ましたが、ジェントリはもともと経済活動を行っており、その一環として毛織物工業などに進出したに過ぎません。
しかし、庶民出身の資本家は、父祖の代には自ら農耕作業を行う農民だったにもかかわらず、土地の集積や毛織物材料の安定生産などによって経済基盤を築き、農民という階級からの脱出に成功したのです。
彼ら工業ブルジョアジーは豊富な経済力を背景に、社会での実力を獲得しました。
これが現在に続く中流階級の始まりです。
一方、自作農や小作農の中から、工場や鉱山の労働者となって都市に住むようになる人々が多数出てきます。
このため農村人口は急激に減少し、都市人口が増加しました。
こうして生まれた都市プロレタリアートは、ブルジョアジーと対立し闘争を続けることになりました。
イギリスに温存された特権階級
富の集積に成功したブルジョアジーは、産業界での実力を身に着け、新しい時代の担い手となりました。
しかし、政治的権力は依然、上流階級に握られたままでした。
フランスでは市民革命の成功によって王族・貴族は廃され、帝政後には市民が政治権力を掌握しました。
しかし、イギリスでは新興市民勢力が上流階級を駆逐することはありませんでした。
彼らは、経済的な活動に支障がない限り、政治に関与することをせず、上流階級を温存する道を選びました。
こうして、上流階級・中流階級・労働者階級という階級の図式が現在まで続くことになったのです。
イギリスの階級制度と職業・経済力はどんな関係?
イギリスにおける階級の指標として、まず挙げられるのは職業です。
どんな職業に就いているかが、階級を区分する上で非常に重要とされます。
本来、仕事をする必要がない上流階級
上流階級を構成するのは、世襲の爵位を有する貴族と、その下に位置づけられる、かつてのジェントリ(郷紳:下級地主層)です。
世襲貴族は1999年の時点で750家でしたが、その多くは20世紀に入ってから爵位を受けた新興貴族です。
19世紀初頭では500家ほど、そのうち中世以来の伝統を継承するものは200家程といわれます。
これ以外の上流階級メンバーは、準男爵という男爵の下に位置づけられる世襲称号をもつ人、叙勲によって一代限りのナイトの称号を得た人などです。
もともとの貴族は、父祖伝来の広大な領地や城館を所有しており、不労所得だけで贅沢な暮らしをしていける人々でした。
もともとは領民からの税が主な収入源でしたが、近世以降は土地や資産の運用益が財源となりました。
ただ、近年は巨額の相続税が大きな負担となり、父祖伝来の土地や邸宅の維持がままならない貴族も少なくありません。
邸宅を観光客に開放して入館料を徴収したり、ホテルに改造するなど、苦労を強いられているケースも多いようです。
経済的には下のクラスより苦しい状態にあったとしても、貴族は貴族です。
上流階級から簡単に落ちることはありませんし、彼らの誇り高い意識や生活様式が変わることもありません。
仕事が階級を決める中流・労働者階級
イギリスの戸籍本署は、国勢調査の際に「階級の分類」を使って調査を行います。
ここでは7つの区分が行われていて、上流階級を除く各階級との対応関係を見出すことができます。
以下にその7つの区分を示します。
[社会階級Ⅰ] 専門職 (法廷弁護士、判事、医師、大学教授・研究者、建築家)
[社会階級Ⅱ] 中間職 (国会議員、事業経営者、会社重役、農場主、新聞記者、教師、警部)
[社会階級ⅢA] 非筋肉労働の熟練職 (不動産業者_製図工、写真家、銀行事務員、秘書、警官)
[社会階級ⅢB] 筋肉労働の熟練職 (電気技師、バス運転手、コック、大工、家具職人、配管工)
[社会階級Ⅳ] 半熟練職 (農場労働者、救急隊員、郵便配達人、ウェイター、漁師)
[社会階級Ⅴ] 非熟練職 (ビル掃除人、土木作業員、窓掃除人、日雇い労働者)
[経済活動にたずさわっていない者]
そして、[社会階級Ⅰ]は上位中流階級に、[社会階級Ⅱ]は中位中流階級に、[社会階級ⅢA]は下位中流階級に、そして[社会階級ⅢB]以下が労働者階級に対応します。
こうしてみると、「国会議員より弁護士や大学教授が上なの?」とか「会社の社長と新聞記者や教師が同じ?」「土木作業員にも熟練者はいるんじゃない?」といった疑問は湧いてくるのですが、これがイギリスの現実です。
イギリスでは階級ごとに、住んでいる家はどう違う?
イギリスではどんな家に住んでいるかはステータスに関わる重要な指標です。
イギリス人は日本人以上に、住んでいる家に対してこだわり、話題にします。
上流階級の邸宅
上流階級は父祖伝来の城館・邸宅を所有しています。
領地にはカントリー・ハウスと呼ばれる大邸宅または城館があります。
領地経営の拠点としても機能するもので、領民に対する行政・司法機能をもつ施設でもありました。
春から夏にかけては、議会が開催されるため、貴族たちは領地を離れロンドンに滞在する必要がありました。
ロンドン滞在中の居館がタウン・ハウスと呼ばれるものです。
ロンドンは領地と較べ土地の面積が限られるため、階数を高くして十分な延べ床面積を稼いでいるのが特徴です。
カントリー・ハウスもタウン・ハウスも、規模や建築様式もさることながら、歴史・伝統が何よりも重視されます。
古ければ古いほど格式が高いものとされ、300年に満たないものは尊重されないようです。
中流階級の家
中流階級の人々が求める家は、カントリー・ハウスほど大きくない一軒家で、デタッチド・ハウスと呼ばれるものです。
寝室は4つ以上、部屋数は10以上の規模が多いとされますが、ロンドンでこの規模の家を見つけることは簡単ではありません。
とくに伝統ある古い建物となると、ほぼ入手不可能です。
そこで次に候補となるのがセミ・デタッチド・ハウスです。
独立した家が2軒、くっついた形で建てられているものです。
これならデタッチド・ハウスより安価で、見つけるのも容易です。
労働者階級の家
テラス・ハウスは低層の集合住宅です。
日本語では長屋と呼ばれることが多いようです。
日本のアパートやマンションに相当する集合住宅がフラットです。
中には貴族のタウン・ハウスを階ごとに区切り、各階にキッチンやバスルームを設置して集合住宅に改造しているものもあります。
労働者階級の人々のほとんどはテラス・ハウスやフラットに住んでいます。
低位中流階級の人々でも集合住宅に住む人がいます。
イギリスでは階級ごとに教育レベルが違う?
イギリスでは5歳から18歳の子どもに対し義務教育が与えられます。
義務教育を修了し、その後一般教育修了上級レベル(A-level)認定を得たものに大学受験資格が与えられます。
イギリスには学費無料の公立学校と、有料の私立学校があります。
私立学校は小中学校で年間に日本円で150万円から300万円、その上の寄宿制パブリックスクールなら年間1000万円を超える授業料・寄付金が必要となる場合があります。
低所得の労働者階級にとっては年間収入を超える支出となり、とても手が出ません。
原則として、公立学校出身でも私立学校出身でも、A-level認定さえもらえれば大学を受験することが可能です。
しかし実際の大学合格者は、ほぼ全員が私立学校出身者で占められています。
そもそも公立学校出身者で大学受験をする者が少ないのですが、仮にあったとしても、面接試験で不合格とされてしまいます。
名門大学は、貴族の子弟にとっては用意されている席であり、労働者階級の子弟にとっては縁のない場というのが現実です。
イギリスの双璧とされるケンブリッジ大学、オックスフォード大学入学者のほとんどは、有名パブリックスクール出身の名家の子弟です。
中流階級の人々は、高い知的能力が必要な職業に就いており、自分の子どもにも高い学歴を与えたいと望みます。
中流階級は概して向上心が高く、教育熱心です。
これに対して労働者階級の人々は、経済的にも社会システム上も、高学歴を得る道がほぼ閉ざされているため、教育への関心は低いといえます。
イギリスでは階級によって言葉が違う?
英語はもともと、地方ごとの訛りが多様な上、同じ地域でも階級ごとに違う発音・アクセントをするきわめて多様性の高い言語だとされています。
その中で上流階級は、社交界で認められる美しい英語を話すことが欠かせない身だしなみとされました。
最も美しい英語はクイーンズ・イングリッシュであり、標準とされるのがBBC放送のアナウンサーたちが使うBBCイングリッシュです。
クイーンズ・イングリッシュやBBCイングリッシュを特別な教育なしに身に着けられる人はごく一握りです。
ほとんどの人は、「マイ・フェア・レディー」のイライザさながらの特訓によって歪みを矯正します。
これに対し、ロンドンの労働者階級の英語は「コックニー」と呼ばれます。
訛りが強く、[ei] を [ai] と発音する(rainをライン、mainをマイン)などの特徴があります。
コックニーを話す人が、英語を矯正するのにはとくに大変な努力を要します。
前述のイライザもコックニーですし、サッカー選手のデイビッド・ベッカムも同様です。
このため、話をしてみて、相手がどんな英語を話すのかによって、その人がどの階級に属するのかを推し測ることができます。
イギリスでは階級によって文化も違う?
楽しむスポーツや音楽が違う
上流階級の人々の楽しみは、昔から変わらずクラシック音楽やバレエの鑑賞です。
好まれるスポーツは、やはり英国伝統のクリケット。
これに対して労働者階級の人々は時代の最先端の音楽や芝居、笑いなどの芸能をつねに追い求めています。
上流階級が変わらないものを好むのに対し、労働者階級は変わっていくものを追いかけます。
また、労働者階級が好むスポーツは、なんといってもサッカーです。
読む新聞が違う
イギリスの新聞には「高級紙」「大衆紙」の区別があります。
上流階級や知的階級が読むのはまじめな報道を行う高級紙です。
「デイリー・テレグラフ」や「タイムズ」に代表されます。
一方、労働者階級向けの大衆紙はゴシップ記事、スキャンダル報道やお色気路線がメインで、高級紙志向の人たちからは眉をひそめられる存在です。
多くは小型のタブロイド版です。
「ザ・サン」や「デイリー・ミラー」が代表です。
高級紙の代表格・デイリー・テレグラフの発行部数が86万部に過ぎないのに対し、大衆紙の「ザ・サン」は310万部を発行しています。
このほかにも、食事のマナーの違いや、服装の違いなど、習慣やライフスタイルのいたるところで、階級ごとの違いを見つけることができます。
イギリスの階級制度は、乗り越えられない壁?
20世紀を代表するロックグループ、ビートルズのメンバーは、ジョージ・ハリスン以外、労働者階級の出身です。
ビートルズは大ヒットを重ね、世界中でファンを獲得しました。
彼らの活動が国家に経済的な貢献をもたらしたという理由で、ビートルズのメンバーは1965年に大英帝国勲章を受章しました。
その後ポール・マッカートニーは1996年にナイトの称号を授与されました。
ナイトの称号は一代限りのもので、世襲はされませんが、ポール・マッカートニーは労働者階級を脱出し、一足飛びに上流階級にのし上がったわけです。
階級を超えないまでも、労働者階級の人が自身の能力・才覚で社会的・経済的な成功を手にする例は少なくありません。
中流階級の上位・中位・下位の境界はあいまいで、これを行き来するのは比較的容易です。
自分が中流階級のどのレベルに属するのかは、本人の意識次第ともいわれます。
またイギリスでは、階級間の結婚も自由です。
英王室のウィリアム王子とキャサリン・エリザベスの結婚は2011年のことでした。
キャサリンの両親は、ともに英国航空に勤める中流階級の人でした。
母方の祖父母は労働者階級に属し、工員・炭鉱夫の家系でした。
このため、ウィリアムとキャサリンの結婚では、「炭鉱から王室へ」と揶揄する報道も見られました。
ただし、身に沁みついている言葉や生活習慣は、下位の階級の人は気に留めていなくても、上位の階級の人は敏感に受け止めます。
階級を超えて結婚した場合、言葉や習慣を嫁ぎ先に合わせることができなければ、その後の結婚生活は円満にはなりません。