2021年05月10日公開
2021年05月10日更新
「名古屋アベック殺人事件」の詳細と犯人たちの現在
大高緑地公園で起きた「名古屋アベック殺人事件」は6人の少年グループが起こした凶悪犯罪です。現在、被害者遺族への謝罪もなく顔バレしながらも幸せな人生を過ごしている犯人もいます。ここでは名古屋アベック殺人事件の詳細や犯人グループの現在を紹介します。
目次
- 1名古屋アベック殺人事件って知っていますか?
- 2【注意!】この記事は暴力的な表現が含まれています!
- 3名古屋アベック殺人事件とは?
- 4名古屋アベック殺人事件で犠牲になった被害者
- 5名古屋アベック殺人事件で凶悪犯罪を行なった犯人たち
- 6名古屋アベック殺人事件が起こった現場とは
- 7名古屋アベック殺人事件が起こった発生状況
- 8名古屋アベック殺人事件における警察の捜査
- 9名古屋アベック殺人事件のほかにも余罪があった
- 10名古屋アベック殺人事件の裁判記録
- 11名古屋アベック殺人事件の犯人たちの今
- 12結婚して子どもを産んだ加害者も
- 13名古屋アベック殺人事件の被害者遺族のその後
- 14名古屋アベック殺人事件の他、有名な集団殺人事件
- 15おわりに
名古屋アベック殺人事件って知っていますか?
名古屋アベック殺人事件とは1988年2月23日に起きた、カップル(アベック)の強姦・殺人事件です。
被害者2名が襲撃された場所の名前から「大高緑地公園アベック殺人事件」とも呼ばれています。
この事件は未成年による残虐な殺人事件です。
犯人グループの主犯格は脳機能障害がある、在日だったなどの情報が交錯しています。
今回はその名古屋アベック殺人事件について紹介していきます。
【注意!】この記事は暴力的な表現が含まれています!
この記事を見ることで吐き気を催す、眠れなくなる、テンションが下がる等の症状が現れる恐れがあります。
閲覧は自己責任でお願いします。
名古屋アベック殺人事件とは?
1988年2月23日未明、名古屋市緑区の県営大高緑地公園駐車場で、デート中だった理容師のXさんと理容師見習いのY子さんが、車2台に分乗してきた男女6人のグループに突然襲われた上、現金を奪われて車を破壊されました。
その後グループの男達はY子さんを集団レイプ。挙句の果てに2人とも殺害するという凶悪な強姦・殺人事件です。
名古屋アベック殺人事件は漫画化もされていた
渡邊ダイスケ氏の漫画「善悪の屑」の四巻にはこの名古屋アベック殺人事件をテーマにした漫画が載っています。
もし興味のある方は見てみてくださいね。
(注意)こちらの漫画も殺人や拷問といったテーマが含まれるため、苦手な方は避けることをお勧めします。
名古屋アベック殺人事件で犠牲になった被害者
被害者となったXさん、Yさんは両親公認の仲で「将来は二人で店を持とう」と誓い合っていたといいます。
理容師として働いて店を開く資金を貯めていたところだったそうです。
名古屋アベック殺人事件で凶悪犯罪を行なった犯人たち
名古屋アベック殺人事件を起こしたのは6人の男女グループでした。
主犯格の小島茂夫を含め、5人が未成年でした。
そのため、未成年の犯人たちは報道の際に顔写真も実名も隠されていました。
そのうち、唯一の成人である高志健一は名前や顔写真が流出しています。
主犯である小島茂夫は当時、「少年法があるから俺は絶対死刑にはならない」 と主張するなど人間性を疑う発言をしていたそうです。
高志健一
高志健一は鹿児島県薩摩郡東郷町出身で、1歳の時に両親が離婚し、愛知県一宮市に住む父方の祖母に預けられました。
高志健一は小学3年頃から 万引などで補導されていたそうです。
中学卒業後、高志健一は製鋼会社に就職します。
その後実母が高志健一の所を姉を連れて訪れ、義父と一緒に暮らすことになりますが、高志健一は義父とは折り合いが悪く、母親はアルコールに溺れていたため家出しました。
その後、職を転々としてから暴力団組員となり、主犯である小島茂夫と知り合います。
主犯格 小島茂夫
小島茂夫は、公務員の子どもとして生まれました。
中学入学後、厳格な父親に反発し非行に走り、2度のバイク窃盗事件を起こしています。
小島茂夫の弟が交通事故を起こした際に、暴力団とトラブルになり、一人で組事務所に話合いに行ったところ、度胸を変われ組員とななりました。
その後小島茂夫は友人宅に忍び込んで現金を奪って試験観察処分を受けます。
観察が不処分となると組に出入りし始め、この頃、組の後輩である高志健一、Cと知り合います。
事件当時は龍造寺リエ(現・雪丸リエ)と付き合っていました。
近藤浩之
近藤浩之は中学時代から不良仲間とつるむようになり、喫煙、シンナーに手を出しています。
中学卒業後、理容店、寿司店などを転々としたのち、自動車学校で知り合った仲間に誘われ、暴走族「栄噴水族」のメンバーになります。
その後、高志健一、小島茂夫、雪丸リエらと知り合うことになり、犯行につながります。
徳丸信久
中学卒業後、鉄工所、土工などを転々としたのち、小島茂夫のいた暴力団組員となります。
その後行方をくらませた小島茂夫の後を追って、同じ会社で働き始めます。
筒井ヨシエ
中学卒業後、名古屋市の調理師専門学校に入学しますが、母親と口論して家出しシンナー吸引を始めます。
その後、暴力団組員と同棲生活を始めます。
その組員と結婚したいと親に相談したが、反対されたため家出。
貸した1000円の回収に出向き、そのまま犯行に加わりました。
龍造寺リエ(雪丸リエ)
10歳の時に両親が離婚。
中学1年の時、父親が龍造寺リエと5歳しか変わらない17歳の少女を妊娠させ再婚し、5人で暮らし始めます。
しかし、義母とは反りが合わず、祖父に引き取られて転校。
中学卒業後は美容師見習いとなり、住みこみで働き始めましたが、店をいくつか変えます。
犯行当時、主犯である小島茂夫と付き合っていたそうです。
名古屋アベック殺人事件が起こった現場とは
惨劇が起きたのは大高緑地公園の第一駐車場でした。
事件の発端としては、名古屋市港区の金城埠頭でカップルを狙った暴行及び強盗を行ったものの予想より収穫が少なかったため、場所を緑区の大高緑地公園に変えてカップルを襲撃したことに始まります。
大高緑地公園は近年にぎわいつつあり、利用者数も増えています。
しかし、大高緑地公園には「アベック」が死語となった今も「アベック注意」と書かれた看板が錆び付きながらもひっそりと立っているといいます。
今でもこの大高緑地公園でおきた事件を忘れず、二度と同じ事件を起こさないようにしていきたいですね。
名古屋アベック殺人事件が起こった発生状況
大高緑地公園の第一駐車場内で車の中に居た被害者のカップルは、男女6名の犯人グループに強盗目的で襲われます。
男達は木刀や鉄パイプを持ち、カップルが乗っている車を取り囲み、フロントガラスを叩き割り男性を車から引きずり出しては顔や体への暴行を加えました。
その後女性を藪の中に連れ込み集団でレイプします。
ひたすら二人に暴行を加え金品を強奪した後に「顔を見られているため警察に行かれるとヤバい」と思い、犯人グループは二人を車に乗せてホテルまで拉致しました。
カップルを名古屋市内のホテルに連れ込み、またも女性をレイプ。 その後カップルの殺害を決めた犯人グループはホテルを後にして「逃がしてやる」と嘘を吹き込みます。 目隠しされたカップル二人は車に乗せられ、愛知郡長久手町の卯塚公園墓地に連れて行かれることに。 犯人グループの男達は男性を車から降ろし、両手を縛り、口を塞ぎビニールロープを首に巻き付けて左右から綱引きのように力一杯締め上げ殺害します。 これは「苦しいか?」と問いかけながら、 わざと20分間もかける残忍なものだったといいます。 その後、男性の遺体をトランクに積み込み再び移動。
出典: http://yaplog.jp
三重県阿山群の山中に移動し女性に目隠しをしたうえで、犯人たちは遺体を埋める為の穴を掘ります。
被害者女性は最後に男性の顔が見たいと頼み、犯人たちも了承しました。
その後女性をパンツ1枚だけの裸体にさせ、脱いだ衣服を車のトランクに入れさせ、再び目隠しをしました。
女性は男性と同じようにビニールロープで締め上げられ遊び感覚で、30分以上かけて殺害されました。
名古屋アベック殺人事件における警察の捜査
被害者2人が拉致された直後の23日午前8時30分頃、フロントガラスやヘッドライトなどが滅茶苦茶に破壊された白いトヨタ・チェイサーが大高緑地公園北側入口付近の第一駐車場で駐車してあるのが発見されました。
車内からはいくつかの血痕が見つかり、また2人の家族からも翌2月24日になって捜索願が出されたため、愛知県警察は2人が何者かに襲撃・拉致された可能性が高いとして捜査本部を設置し、本格的な捜査を開始しました。
捜査本部は25日までに名古屋市中区栄の久屋大通公園にある噴水周辺で活動している暴走族グループの「噴水族」が関係しているとの見方を強めました。
2月26日までに捜査本部は、犯人グループを金城ふ頭の2件の事件と同一犯によるものと断定したうえ、グループが乗車していた2台の乗用車のうち日産・セドリックについて、ブラウンメタリック色の旧型4ドア車というところまで絞り込みました。
その後、捜査本部は容疑者として名古屋市及び近郊在住の少年3人・少女2人の計5人を特定しました。
26日夕方には名古屋市内のホテルから捜査本部に寄せられた「犯行当日の23日昼、若い男女6人連れが来た」という通報を受けました。
その後、5人が付近の市営南汐止荘にあるAの部屋にいたところを発見し、取り調べたところ「2人を殺して三重県阿山郡大山田村の山中に埋めた」「金を奪う目的で襲ったが、連れ回しているうちに発覚するのが怖くなり殺した」と自供したため、27日午前3時過ぎに5人を強盗致傷・殺人・死体遺棄容疑で逮捕しました。 その後特別捜査本部は逮捕した少年少女5人の本格的な取り調べを開始し、5人の自供から、事件後行方をくらましていた少年を特定し、28日未明に5人同様に殺人・死体遺棄などの容疑で逮捕しました。
名古屋アベック殺人事件のほかにも余罪があった
犯人グループはカップルを中心に襲撃事件を複数回起こしていました。
他の事件では、車のガラスを割られグループに「カネを出せ」と脅され、現金8万6000円入りのセカンドバッグや腕時計などを奪われ、木刀などで殴られ、足腰にかなりの打撲傷を負わせたそう。
それでもお金が足りず名古屋アベック殺人事件につながってしまったと考えると犯人たちの残酷さがうかがえます。
名古屋アベック殺人事件の裁判記録
名古屋アベック殺人事件は、犯人の多くが未成年だったにもかかわらず、その犯行の残虐性から強盗致死罪、殺人罪、死体遺棄罪、強盗未遂罪、強盗強姦罪、道路交通法違反罪の容疑で刑事裁判となりました。
その際、主犯である小島茂夫は前述のとおり「未成年なので死刑判決を受けるはずがない。」と発言していたといいます。
第一審では検察側は小島茂夫に対して死刑を求刑し、判決は求刑通りの死刑判決となりましたが、その後被告人が控訴し最終判決では無期懲役に減刑されます。
同様に懲役17年を言い渡された高志健一も控訴を行ったため、懲役13年に減刑されました。
名古屋アベック殺人事件の犯人たちの今
小島茂夫は刑務所に入所後、遺族に作業賞与金と謝罪の手紙を送り続けているといいます。 その他未成年だった四人は刑期を終えて現在は出所していますが当人、及びその親達も誰一人として遺族に謝罪した者はいないそうです。 賠償金については、高志健一は出所後にすぐに行方を眩ませ現在に至るまで完全に未払いであることに加え、高志健一の親は親権放棄を決め込んでおり調停の席にすらつきませんでした。遺族への謝罪の気持ちすらないところに人間性を疑ってしまいます。
結婚して子どもを産んだ加害者も
龍造寺リエの現在・・・
名古屋アベック殺人事件で犯人グループの一人だった龍造寺リエ(雪丸リエ)。
彼女は懲役5~10年という判決をうけましたが、出所しました。
龍造寺リエは、その後とある男性と結婚し、1児をもうけましたが翌年に離婚。
その後2000年に再婚し、また一児をもうけましたが、2007年に離婚しています。
2008年には現在の夫である雪丸氏と再々婚し龍造寺リエから雪丸リエに。
雪丸リエは、雪丸氏との間に新たに一児をもうけているそうです。
現在龍造寺リエ(雪丸リエ)が住んでいるのは名古屋アベック殺人事件が起こった大高緑地公園の近くである名古屋市港区。
最初の夫の子、現在の夫雪丸氏との子供、雪丸氏と雪丸氏の母親との5人で暮らしているそうです。
龍造寺リエ(雪丸リエ)についてはネット上でも様々な情報が出回っています。
たとえば龍造寺リエ(雪丸リエ)の子どもの顔などが流出していたり。
龍造寺リエ(雪丸リエ)は出所してから一度も被害者遺族のもとに謝罪に行ったことがないそうです。
現在3度の出産を経験し親となった龍造寺リエですが、被害者や残された遺族の気持ちが少しはわかるようになったのでしょうか。
筒井良枝の現在
名古屋アベック殺人事件の犯人のうち、龍造寺リエ(雪丸リエ)ではないもう一人の少女であった筒井良枝。
彼女も出所後、結婚し子供をもうけているそうです。
現在は離婚して水商売で働いているとか。
彼女も前述の龍造寺リエ(雪丸リエ)と同じく親となった身ですが、賠償金の支払いは最初の数回のみ。
被害者遺族を踏みにじる態度をいまだ続けている状態です。
名古屋アベック殺人事件の被害者遺族のその後
現在、被害者女性のお父さんは他の子供達一家と暮らしているといいます。
また、お母さんは事件から9年後に59歳という若さで他界されたそうです。
一方で被害者男性の家庭は崩壊してしまったらしく、お父さんは誰にも看取られず息を引き取っていたそうです。
謝罪の手紙を送っている犯人も
現在、主犯であった小島茂夫は被害者遺族に謝罪の手紙を送るようになったといいます。
その後、被害者女性のお父さんからは「頑張りなさいよ」と書かれた手紙を受け取り、その後も文通を行っているそうです。
被害者男性の遺族からの返信はないままだそうですが、手紙は受け取ってもらっているそうです。
名古屋アベック殺人事件の他、有名な集団殺人事件
女子高生コンクリート殺害事件
名古屋アベック殺人事件同様の凄惨な拉致監禁・殺人事件として代表的なものとして、女子高生コンクリ―ト殺人事件が挙げられます。
この事件は1989年に少年らによって拉致監禁された女子高生が40日間集団リンチ、強姦によって殺された事件です。
殴る蹴る、ライターのオイルを体にかけて身体の至るところに火傷を負わせ、殺害した後にドラム缶に入れコンクリート詰めにして死体遺棄という凶悪な事件です。
発見された被害者は脳が溶けていた!?
発見された被害者の遺体はコンクリート中に密閉されていたため、腐敗あまりなかったといいます。
一方で、犯人たちからの暴行によるダメージが大きかったようです。
顔面は変形陥没で顔からは被害者の特定が不可能、恐怖のあまり脳が委縮してしまい通常の脳の大きさよりもはるかに縮んでいた状態でした。
また被害者の死は、被害者の脳が生きてる事に耐え切れなくなり苦しみから解放する為に脳死が起きたとも言われています。
脳が自ら死のうと判断して脳死が起きたともいわれるほど悲惨な拷問だったというのは恐ろしいですよね。
脳が委縮し脳死を選ぶほどの苦痛を与え、顔からは被害者が特定できないほど顔面をボコボコにした、コンクリート殺人事件。
この凄惨な事件を起こしたのも未成年の少年グループでした。
こちらの犯人も脳機能性障害を持っていたといわれています。
個人的には脳に障害を持っている・未成年であるとしてもこのような事件で死刑にならないのは許せないと感じてしまいます。
現在、少年による凶悪犯罪は減っていますが凶悪性は増しています。
今後もこのような悲惨な事件を忘れずに二度と起こさないようにしていきましょう。
おわりに
日常に犯人たちは溶け込んでいる
大高緑地公園で起きた悲惨な事件である「名古屋アベック殺人事件」。犯人グループの一員である龍造寺リエ(現・雪丸リエ)をはじめとして、凄惨な事件の犯人たちのうちの一部は、被害者のに謝罪もせず日常に溶け込んでいます。
この事件は、未成年ということで顔写真・名前の報道もなく、死刑も免れて謝罪もしないという日本の刑法の悪いところを露呈しています。
犯人たちにもそれぞれの生活があるとは思いますが、残された被害者遺族の方々への謝罪や贖罪の気持ちだけは忘れずに生きていってほしいものですね。