2021年07月21日公開
2021年07月21日更新
エニグマを解読した『アラン・チューリング』の人生。暗号の仕組みとは?
エニグマ暗号機とは、ナチスドイツ軍の暗号機で、解読が不可能と言われていました。このエニグマの解読に挑戦したのが伝説の天才アラン・チューリングで、見事暗号を解読し連合軍を勝利に導きました。 今回はアラン・チューリングの暗号解読までの話を中心にご紹介します。
目次
解読不可能な、伝説の暗号装置エニグマ!
エニグマ (Enigma)暗号機とは、第二次世界大戦時にナチス・ドイツが用いていたことで有名な伝説ともなったローター式暗号機のことです。
因みに、エニグマとは「謎」とか「不可解なもの」を意味します。
このエニグマ暗号機は当時として、暗号の仕組みに画期的な方法を用いていたので、解読不可能と言われ、イギリスを始め連合国側を大いに悩ませていました。
伝説のエニグマ暗号機の仕組みとは?
伝説のエニグマ暗号機はドイツの発明家アルトゥース・シェルビウスによって開発され、史上最も解読が困難と言われた優れた暗号機でした。
エニグマ暗号機かなり込み入った機械ですが、出来るだけ簡単に説明していきます。
まず上記画像の「Keyboard」の一つのキーで原文の1文字を押すと、その文字を暗号化した文字が「Lampboard」上で点灯する、というものです。
エニグマ暗号機の仕組みとは?3つの歯車が核!
出典: https://ja.wikipedia.org
エニグマ暗号機の仕組み、3つのローター
エニグマによる暗号化の画期的な仕組みは上の画像でRotors と書かれたA~Zのアルファベット26文字が刻まれた歯車です。エニグマにはこの歯車が3個セットで設置されていました。
この歯車は入力されたアルファベットを別のアルファベットに置き換える装置ですが、キーボードから1文字入力するたびに、この歯車が1目盛り動き、アルファベットの対応関係がそのつど変化していきます。
例えばABCDの文字をタイプしていくと、最初の時点では
A→E, B→J, C→R, D→H …
という風に変化する対応関係だったのが、1文字入力すると歯車が1目盛り動いて、次に同じABCDの文字をタイプすると、
A→J, B→R, C→H, D→S …
と順次、切り替わって行きます。
もし歯車が1枚だけなら、この機械は26文字で一回りするので、解読にそう時間はかからないですが、エニグマには3枚の歯車が設置され、それぞれ別の周期で動きます。
つまり、1枚目が一周して初めて2枚目が1目盛り動き、2枚目が一周(この時点で1枚目は26周)して初めて3枚目が1目盛り動来ます。
3枚の歯車がすべて元の位置に戻るのに, 実に26x26x26=17,576文字という膨大な周期になります。
また3枚の歯車は上部に来る文字を送受信各サイドで毎回同じに初期設定できるように、指で回して調整ができるようになっています
エニグマ暗号機の仕組みとは? さらにワイヤー接続で複雑化!
おそらく1回の通信文の文字数は、17,576文字より短いので、その文字列からパターンを読み取り、解析するのは至難の技という事になります。
この暗号化通信をする場合は、ドイツ軍の中で送信者と受信者でこの歯車の「初期位置」を教え合っておけばよいわけです。
しかし3枚の「初期位置」は、17,576パターンしか無いので、挑戦すれば解読できなくもないことを、憂慮したドイツ軍は、さらにエニグマ暗号機の下部に「Plugboard」を搭載しました。
これは2個のアルファベットの穴をケーブルでつなぎ、入力内容を入れ替えるだけのもので、当初6本のケーブルを使って文字をシャッフルし、これで探査すべきパターンは1000億倍になりました。
さらに第二次大戦に入ってからナチス・ドイツ軍はこのケーブルを10本に増やしたので、探索するパターンは、もはや無限に近い数となり、これエニグマ暗号機が解読不可能と言われた理由です。
難攻不落のエニグマ暗号機も、徐々に解読されていく!
若き天才暗号解読者、レイフェスキ
この解読困難なエニグマ暗号機の暗号文の解読に貢献したのが、ポーランドの暗号解読班「ビュロ・シフロフ」に所属する、伝説の若き天才暗号解読者で、IQが半端ではない、レイフェスキでした。
この暗号解読班には数学者や科学者、IQの高い者が集めらており、中でもレイフェスキのIQの高さは1,2を争うと言われていました。
この時期、ナチス・ドイツ軍がポーランドに侵攻の動きを見せており、レイフェスキは自国が生き延びるために、文字通り命を賭して、ドイツ軍の暗号解読に取り組んだと言われています
ナチス・ドイツの侵攻が始まった当時、ドイツ軍の情報送信量も膨大になっていたので、大量の命令・指令・報告がエニグマ暗号機の暗号文として無線で飛んでいる状態でした。
レイフェスキの暗号解読の業績は、これらの大量の暗号文を元にして文字と文字のつながりの法則を見つけ出し、1京通りもある暗号パターンを105,456通りにまで絞りこむことに成功したことです。
そしてこの105,456通りの暗号文をパターン化して一覧表を作成しました。
そしてこの一覧表をデータベースにして、スクランブラーの設定17,576通りを総当たりにチェックする計算を、効率的に行う機械を考案した業績を残しました。
ナチス・ドイツ軍のポーランド侵攻!
しかし、ナチス・ドイツ軍の侵攻が進むポーランドでは、もはや解読の処理作業や運用は限界に来ていました。
そこでポーランドは思い切って、連合国であるイギリスとフランスの暗号解読機関に、これまでの成果と業績、解読マシンの仕組みなどの解読処理情報を公開することにしました。
これらの解読成果を見せられて、イギリスとフランスの暗号解読班は驚愕したと言います。
そしてこれらの成果は、連合国に解読班に引き継がれていきました。
エニグマを解読したアラン・チューリングの登場!
伝説の天才、アラン・チューリング
ロンドン郊外にある「ブレッチレーパーク」では、エニグマ暗号との格闘が行われていた英国の「最前線」でしたが、当時エニグマ暗号の解読作業が立ち往生していた状況でした。
丁度この時期、ドイツに侵攻される直前、エニグマ解読作業が続行不能となったポーランドから、エニグマ解読の情報を引き継いだ英国は、ここブレッチレーパークでのエニグマ解読に大いに役立てました。
若き日のアラン・チューリング
若き日の高IQ数学者、アラン・チューリング
当時ブレッチレーパークには英国各地から、数学や論理学、文章学などやIQの高い者など、多くの分野の天才と称される人物が集まりエニグマ解読にあたっていましたが、中でも、一際才能を発揮したのが伝説のIQの高い数学者のアラン・チューリングでした。
彼は若い時からIQが高く数学の才能や業績が認められ、ケンブリッジ大学キングス・カレッジ学び、その頃、誰も気が付かなったアインシュタインの論文の矛盾を指摘するほどの業績を残した数学の天才でした。
アラン・チューリングは、アスペルガー症候群でもあった
そしてブレッチレーパークに招聘されたアラン・チューリングは、暗号文そのものの解読パターンを探し出すことよりも、まず解読不能の暗号を作りだす機械「エニグマ」に注目し、ポーランドより引き継いだ解読情報をベースにして、論理解析を行ってエニグマの暗号文を解読する業績を残しました。
彼は若い頃よりアスペルガー症候群(*)の兆候があり、仲間との協同作業には難があり、それが返って一人で解読に集中することで、業績を上げていきました。
(*)アスペルガー症候群(AS):
対人コミュニケーション能力や社会性、想像力に障害があり、対人関係がうまくいきづらい障害で、知的障害や言葉の発達の遅れがないものを言います。
明確な原因は現在も不明ですが、何らかの脳機能の障害と考えられています。
ナチス・ドイツも日々、エニグマの改良を行う!
ナチス・ドイツもエニグマのローターの数を増やしたり、形状を変更するなど改良に取り組んでおり、解読作業はまさに追いかけっこの状況となっていました。
アラン・チューリングは暗号解読に成功!
エニグマ暗号解析機「BOMBE」
そして彼はエニグマ暗号文の「文章の定型性」の注目し、 暗号文の解析をさらに進め努力を積んでいった結果、遂に「BOMBE」という、暗号解読機を作り、解読に成功しました。
エニグマ暗号文の解読は、連合軍の戦局を一気に有利に!
暗号解読以前は、Uボートの攻撃により多くの船団が犠牲に!
エニグマ解読が挙げた戦果の最大のものは、対Uボート戦でした。
開戦当初、ナチス・ドイツは多数のUボートを大西洋に出撃させ、ドイツ側の観測所が英米の船団が発する無線を傍受しては 米国から英国などへ送られる物資を満載した輸送船団を片端から沈めていった為、英国は物資途絶のため降伏寸前にまで追い込まれた状況でした。
連合軍に攻撃されるナチス・ドイツのUボート!
そして、エニグマ暗号文の解読に成功した英国が今度は逆にUボートの正確な位置を割り出し、これによって輸送船団が進路を急変更したり、 航空機によってUボートを不意に狙い撃ち攻撃することが出来るようになっていきました。
その結果遂に、ナチス・ドイツは大西洋からすべてのUボートを引き上げざるを得ない状況となり、英米の船団は救われ戦局は一気に連合軍側に有利となっていきました。
この時もドイツはエニグマが破られているとは考えず、 英国のレーダーの性能が良くなったためと考えていました。
エニグマ暗号文が解読されたことは、極秘中の極秘!
アラン・チューリングらの業績により、エニグマの暗号文の解読が成功した後、英米の連合軍はナチス・ドイツ軍に対して優位に立ちますが、エニグマ暗号文の解読成功の事実は極秘とされました。
何故なら、解読の事実がナチス・ドイツに判ると、ドイツはエニグマ暗号機の改良または構造そのものを変え、解読の努力はまた一からやり直すことになるからです。
そして解読の事実は、終戦まで絶対の秘密とされ、解読チームも軍の管理下に置かれることになりました。
チューリングは、戦争を勝利に導いた英雄でもある筈なのに、その後思いがけない不幸で不憫な生活を強いられるようになっていきました。
アラン・チューリングの失意の人生!
失意の人生を送ったアラン・チューリング
エニグマ暗号文解読の作業中に、アラン・チューリングは一緒に作業をしていたある女性に惹かれますが、二人は結局結ばれることはありませんでした。
何故なら、アラン・チューリングは同性愛者だったからです。
当時の英国では同性愛は違法であり厳しく禁じられ、投獄されるか、または化学療法による去勢を受け入れしかなかったのです。
アラン・チューリングはエニグマに関わったことで、こともあろうにスパイ容疑をかけられたり、同性愛の罪で逮捕されるということになったのです。
そしてそれ以後アラン・チューリングは失意のうちに暮らしていき、アスペルガー症候群も重なり、1954年のある日家政婦が部屋で倒れて死んでいるアラン・チューリングを見つけ、彼の42年という短い生涯が閉じられます。
また部屋の床には齧りかけのアップルが落ちており、このアップルには青酸化合物が塗られていたとの事です。
彼の同僚によると、彼が死ぬちょっと前に映画『白雪姫』で毒のアップルを食べるシーンを見て、後で彼が「魔法の秘薬にアップルを浸けよう!永遠なる眠りがしみこむように」と言っていたのを耳にしており、白雪姫のワンシーンを真似てアップルに青酸を塗り、齧ってあのような死に方をしたのだろうと言っています。
しかしアラン・チューリングの死は、青酸アップルによる自殺か事故か、それとも第三者による殺害とも言われていますが、真相は深い闇の中です。
彼がエニグマ暗号機の暗号文を解読し、連合国軍を勝利に導いたのは、紛れもない事実で、国の英雄となってもおかしくない筈なのに、このように失意の内に死んでいった彼の人生は、例え同性愛者であったとしても、何とも不可解で不条理なものでした。
アラン・チューリングの名誉回復!
最近になって英国政府も、チューリングの業績の再評価を行うようになり、
2009年9月、イギリス政府ゴードン・ブラウン首相が半世紀以上に渡ってネガティブ・キャンペーンを継続してきたことに関して、アラン・チューリングへようやく謝罪し、彼を非業の死へと追いやった当時の政府の在り方は遺憾であったと公式に認めています。
ブラウン首相は声明で「彼の抜群の功績がなければ第二次世界大戦の歴史は変わっていたと言っても過言ではない」と指摘し、「時計の針は戻すことはできないが、彼に対する処置はまったく不当であり、深い遺憾の意を表す」としチューリングの名誉の回復を行いました。
イギリスのマンチェスターに作られたアラン・チューリングの銅像で、右手には象徴的なアップルを持っています
アラン・チューリングは今日のコンピュータの基礎を作った!
アラン・チューリングはエニグマの暗号文を解読したという業績の他に、偉大な功績として、今日のコンピューターのロジックを基礎を作ったという事です。
アラン・チューリングの作った、暗号解読のマシンは論理的にも機械的にも、現在のコンピューターの基礎をなすもので、もしこれが無かったら、今日のコンピューターやPC、アップル、スマホの出現もズッと遅れたであろうと言われています。
アラン・チューリングの、エニグマ解読は映画にもなった!
2014年、アラン・チューリングのエニグマ暗号機解読の物語はベネディクト・カンバーバッチ主演で、映画「イミテーション・ゲーム」として公開されました。
映画では、第2次世界大戦下の1939年イギリス、若き天才数学者アラン・チューリングがドイツ軍の暗号エニグマを解読するチームの一員となり、高慢で不器用な彼は暗号解読をゲーム感覚で捉え、仲間から孤立して作業に没頭し、遂にエニグマの暗号文を解読されるまでを、スリリングに描いており、アカデミー賞の候補映画ともなりました。
ベネディクト・カンバーバッチがIQの高い数学者と、アスペルガー症候群に悩むアラン・チューリングの役を見事に演じています。
映画「イミテーション・ゲーム」で、解読マシンを調整するアラン・チューリングが仲間との作業が苦手なアスペルガー症候群と戦い、暗号解読に挑みます。
映画「イミテーション・ゲーム」の1シーン。
アラン・チューリングがアスペルガー症候群を克服し仲間と共に、エニグマの解読に漕ぎつける!
映画「イミテーション・ゲーム」では、暗号解読機の前のに立つアラン・チューリングが仕事仲間とうまくいかないアスペルガー症候群に悩む、映画の1シーン。
まとめ
エニグマ暗号機の仕組みと、アラン・チューリングの生涯、いかがでしたか?
ナチス・ドイツ軍の暗号を解読したという大きな業績を上げながら、失意の内に亡くなった彼の業績が最近再評価され名誉が回復されたことは、本当に良かったですね。
彼の業績は暗号解読だけでなく、今日のコンピューターの基礎の仕組みを作ったということ、英国だけでなく、世界の人類への大きな貢献ですね。