江戸時代の漫画・絵本”黄表紙”がシュールすぎる!厳選9作品紹介

江戸時代に花咲いた庶民文化!木版印刷の普及により広まった大人の娯楽本『黄表紙』があります。漫画満載で、今でいう小説ではなく漫画本ですよね。江戸時代の庶民が『黄表紙』に群がった理由は、今にもつながっているようです。すご~くシュールなんです。調べちゃいました。

江戸時代の漫画・絵本”黄表紙”がシュールすぎる!厳選9作品紹介のイメージ

目次

  1. 1江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』とは
  2. 2江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』を生んだ江戸時代の文化とは?
  3. 3江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』を支えた作家とは
  4. 4江戸時代『黄表紙』の画像を支えた絵師(漫画家?)
  5. 5江戸時代幕府から発禁になった漫画本『黄表紙』とは
  6. 6江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作1『金々先生栄花夢』
  7. 7江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作2『箱入娘面屋人魚』
  8. 8江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作3『江戸生艶気樺焼』
  9. 9江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作4『大悲千禄本』
  10. 10江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作5『東海道中膝栗毛』
  11. 11江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作6「南総里見八犬伝」
  12. 12江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作7『心学早染艸』
  13. 13江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作8『人間一生胸算用』
  14. 14江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作9『無益委記』
  15. 15まとめ

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』とは

出典: http://www.kaleido-japan.com

黄表紙とは、江戸時代安永(1772−1781)期から文化年間(1804−1817)頃のわずか30年ほどの間に爆発的にはやった大衆文芸です。
黄色い表紙がついていたことからこの名があります。
挿絵と文章で構成されていて、本によってはフキダシのようなものもあり、漫画の原点とも言えるジャンルです。
江戸時代は洒落本がはやったと思うと、そうでもないようですね。洒落本とは、お洒落な本?ダジャレの本?ダジャレの本は、滑稽本と言われていますよね。では、洒落本とは?お洒落な所の本なんです。もちろん、隠し言葉のおしゃれな場所です。廓の事が出てくると、洒落本になります。だから、黄表紙の中にも洒落本はありますが、いろいろなジャンルの面白い連続ものの話が江戸時代の黄表紙です。
 

江戸時代には、『黄表紙』のほかに、『赤表紙』『青表紙』もあったのかな

出典: https://ameblo.jp

大学受験の時、『赤表紙』や『青表紙』をボロボロになるまで、熟読した人は、多いと思います。もちろん『赤表紙』は数学社から出ている問題集で、『青表紙』とは駿台文庫から出てい問題集のことですが、もちろん江戸時代に入試問題集などありません。
 でも、あったのですよ、『赤表紙』も『青表紙』おまけに、『黒表紙』なんていうのもありましたねえ。

江戸時代の絵本『赤表紙』は子供向け漫画だった

出典: http://www.arc.ritsumei.ac.jp

江戸時代中期には『草双紙』という何冊なる小説が流行りました。そして、表紙の色で、呼ばれていました。『赤表紙』は、子供向けで、だいたいが、正月に刊行され,おめでた気分にあふれたものが多く,簡単な教訓とめでたい結末で、終わっていました。
内容は、挿絵があるというより、漫画本のような画像中心でした。「桃太郎」や「さるかに合戦」といった童話から、お化けの話までいろいろあり、子ども向けの漫画本でした。

江戸時代の小説『青表紙』は、赤表紙の進化形?

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子供向けの『赤表紙』にかわり、『黒表紙』『青表紙』が生まれました。
上・下2冊または上・中・下3冊、稀には5冊10冊で一編を構成する草双紙です。
当然のごとく『黒表紙』の表紙は墨、『青表紙』の表紙は青です。『青表紙』は婦女子の間で流行しました。
内容は、挿絵が多く絵本化しています。浄瑠璃・歌舞伎の絵解き、英雄一代記、などでした。
 

『青表紙』と対して変わりない『黒表紙』

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『赤表紙』のあとをうけて流行します。『青表紙』と作者も内容もほとんど差がありませんが、『青表紙』のほうがやや現実的です。
『赤表紙』を成人向きにしたもので,『赤表紙』と同様挿絵が中心ですが,話の筋が複雑になっています。
浄瑠璃の筋書の絵本化や 、英雄伝,かたき討ち物,軍記物などがみられる。5丁を1冊とし,1編が2~3冊止りのものが多いです。さらに筋書が複雑化し滑稽や風刺が強くなると『黒表紙』は減り,『青表紙』が増して,それが『黄表紙』へと発展して,『黒表紙』は姿を消します。

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』を生んだ江戸時代の文化とは?

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江戸時代は、戦が全くなく平穏な日々が続いていました。それで、庶民の間にいろいろな文化が流行しました。

江戸の庶民文化を支えたかわら版

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 江戸時代に 『黄表紙』が大流行した背景に、大衆文化のひとつである「かわら版」があります。
なぜ、かわらばんは、庶民に浸透し愛されてきたのでしょうか? 
かわら版は、今の新聞のようなものですが、内容は、スポーツ新聞に掲載されるようなゆるいものから、まじめなものまで様々でしたが、江戸時代の人は、文字を読める人が多く、又、読むのが好きだったことわかりますよね。

江戸時代の庶民の識字率は、欧米諸外国よりも高かった!

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日本の江戸時代は、もう、武士階級はもちろん、ですが一般の庶民も、ほとんどが字を読み、書くことができたのです。同時代の欧米諸国では、労働者階級に属する人々の大半が文盲だったことを考えると、これは驚くべきことですよね。
江戸時代には、町の中には必ず、寺子屋がありました。
なぜ、 寺子屋が、こんなにあったかというと、江戸の仕事はもちろんですが、字の書かれた出版物が、「庶民に娯楽を提供するものだった」ということが、一番大きな要因ですよね。どうしても読みたいもんね。
本や文字を読むことが、最高に楽しいことを知っていたのは、日本人が、世界で、初めて知ったのですよね。

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』を支えた作家とは

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江戸時代中期の天明・寛政から文化・文政の頃、江戸の出版文化は最盛期を迎えます。
その中で、もてはやされたのが『戯作本』という類の出版物でした。
『戯作本』は、大きく『洒落本』『滑稽本』『談義本』『人情本』『読本』『草双紙』に分けられています。その、『草双紙』の中に『黄表紙』は含まれます。
これらの『戯作本』に共通する特徴は、“大衆のための出版物”つまり、庶民の本だったんですよね
その中でも、『黄表紙』が人気を博したわけは、筋書き以上に、言葉や挿絵の端々に仕組まれた遊びの要素を読み解くことに楽しみがあったからだといわれています。
それには、作者の挿絵描きとしての、画像を描く画力が大きな部分を占めていました。
画像の美しさ、細かさは、元浮世絵師だった人が多いのも一因だと思います。

『黄表紙』を、世に出したパイオニア恋川春町

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恋川春町とは、江戸時代の黄表紙作家。本名は倉橋 格です。駿河小島藩・滝脇松平家の年寄本役として藩中枢に関与していました。石高は最終的に120石。
江戸の藩邸に住んでいて、ペンネームは藩邸のあった小石川春日町から付けられました。
鳥山石燕について浮世絵を学び、画像もほぼ自ら描いていました。
江戸時代安永天明期に自画自作の黄表紙を多数残し、黄表紙作家としてだけでなく浮世絵師として洒落本や滑稽本などの挿絵も描いていましたが、錦絵は希少です。

江戸庶民を魅了した『黄表紙』最高の作家山東京伝

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山東京伝とは、江戸時代の黄表紙作家。本名は岩瀬伝蔵です。質屋を営む岩瀬伝左衛門の長男として江戸・深川木場に生まれました。京伝は、13歳の頃、浮世絵師の北尾重政に弟子入りし、北尾政演(きたお まさのぶ)という画号をもらいました。京伝という名の由来は、当時の彼の本名の伝蔵と住んでいた場所から“京橋の伝蔵”ということで、“京伝”になったと伝えられています。江戸時代には『黄表紙』作家として、江戸の人たちを魅了していました。
弟は合巻作者の山東京山、妹は黄表紙・狂歌作者の黒鳶式部(実名よね)がいます。
江戸文化を背負って立つ一家だったことがわかりますよね。
 

『黄表紙』にたくみに洒落の会話を入れた式亭三馬

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式亭三馬とは、江戸時代の黄表紙作家。本名は菊地久徳です。浅草で版木師の家に生まれ、本屋に奉公し、のち薬屋を営みながら著作にはげんでいました。絵本の作品は黄表紙に始まり敵討物等を手がけ、草双子を数冊とじた合巻ものの人気を高めました。
江戸弁の会話を巧みに取り入れた「浮世風呂」「浮世床」では、庶民の社交場である湯屋と髪結床での会話庶民生活を描いています。 

現在にも通じる『黄表紙』作家曲亭馬琴(滝沢馬琴)

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曲亭馬琴とは、江戸時代の黄表紙作家。本名滝沢興邦です。旗本松平信成の用人を務める滝沢運兵衛興義の五男として,江戸深川海辺橋東の松平屋敷内長屋で生まれました。
山東京伝に師事して黄表紙「尽用而二分狂言を発表。以後、黄表紙以外にも合巻・読本と盛んに著作。黄表紙に優れたものも多いですが、特に史伝読み物に特色があって、勧善懲悪の理念と因果応報の道理を、俗語を混ぜた独特の文章で書かれています。
代表作には「椿説弓張月」「俊寛僧都島物語」「近世説美少年録」がありますが、自身の失明の逆境の中にあって28年かけて完成させた『南総里見八犬伝』は、圧巻です
 

『黄表紙』だけでなく洒落本も書いていた十返舎一九

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十返舎一九とは、江戸時代の黄表紙作家。本名,重田貞一。 町同心の次男の生まれ。初め江戸で小田切土佐守に仕え,大坂に赴任し,近松余七の名で浄瑠璃『木下蔭狭間 合戦』を合作。そののち、江戸のもどり、書店蔦屋重三郎の居候となって,『心学時計草』を刊行,黄表紙界に進出,以後自作自画で、挿絵も描く『黄表紙』や,洒落本,滑稽本,読本,人情本,狂歌などを手がけました。
『東海道中膝栗毛』は 20年にわたって書き継がれるほどの好評えて滑稽本の先駆となっています。ほかに洒落本『野良の玉子』 ,黄表紙『化物太平記』 ,滑稽本『風流田舎草紙』など多くの作品を残しています。

江戸時代『黄表紙』の画像を支えた絵師(漫画家?)

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江戸時代に花開いた黄表紙は、子どもの絵本『赤表紙』の大人版ですので、画像も、挿絵と言うよりは、画像中心で、セリフは、吹き出しにちょっとの黄表紙が多くなっています。
江戸時代の庶民の識字率が高かったとはいえ、はやり得意ではない人が多かったのでしょう。画像、画像を追って行くと、ほぼ、話が分かる内容になっていました。
ですので、挿絵描きと言うよりも、画像中心の黄表紙なので、画像を描く人の、画力とセンスが多く求められていたので、浮世絵師が、名前を変えて描いていたものが多くありました。

黄表紙に絵を描くときに用いられた浮世絵師の陰号

浮世絵師も、いろいろとバイトをしていました。いろいろな挿絵を描いて、自分で描いた画像を売ることで、生活の糧を得ていたのです。
黄表紙も、陰号を使っていた人もいましたが、洒落本、春画はすべて陰号でした。

出典: https://letterpresslabo.com

葛飾北斎…鉄棒ぬらぬら、紫色雁高
歌川国盛…淫水亭開好
歌川国貞…婦喜用又平
歌川国芳…一妙開保登由
歌川広重…色重、夜毎庵好重)
渓斎英泉…淫乱斎、紫色雁高二代目
喜多川歌麿…不埒茎

江戸時代幕府から発禁になった漫画本『黄表紙』とは

江戸時代に発禁本は多数ありますが。黄表紙の中にもありました。

江戸時代大岡忠相が出した出版条例

出典: http://jinbutsukan.net

江戸時代は世界に冠たる出版文化が花開いた時代でもあります。
庶民の文化が、パ~と花咲くと、いろいろと、考える人が出てきて亜流や、脱線した路線のものが多く派生します。それに対して、江戸時代の幕府は、右往左往して条例を出します。

・不確かなことや幕府の方針に反する内容の本は禁止
・好色本の類は禁止
・人の家系に関することは禁止
・徳川家に関する内容のものは禁止
・出版物には作者と出版者の氏名を明記すること

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作1『金々先生栄花夢』

出典: http://www.library.metro.tokyo.jp

1775年に刊行された恋川春町作画の上下2冊の洒落本です。
中国の邯鄲の『枕中記』題材をとっています。青表紙の富川吟雪作『浮世栄花枕』ならっていますが,洒落本風の言葉遣いになっていて、通人の風俗を描くなどして成人向きの風刺とユーモアをきかせた点で,青表紙とは完全に違ったものとなっています。
そして、それまでの幼稚な赤表紙や青表紙とは一線を画する、大人向けの読み物として評判になり、これ以降の一連の作品を黄表紙と呼ぶようになり、黄表紙時代の始まりを告げる重要な歴史的作品とされています。

江戸時代の絵本みたいな『黄表紙』の草分け『金々先生栄花夢』の内容とは?

出典: http://www.library.metro.tokyo.jp

『金々先生』とは、金に飽かせて遊興にふけっている当世風の粋人のことをいっています。
田舎者の金村屋金兵衛が、一儲けをして栄華を楽しもうと江戸へ出て来て、粟餅屋の店先でうたた寝をして夢をみます。
その夢の中で金兵衛は大金持の和泉屋の養子になり、取り巻きに「金々先生」とおだてられ、遊興にふけります。吉原や、深川の遊女にだまされて金を使い果たし取り巻きたちにも見放され、破産寸前になります。義父は、怒って金兵衛を家から追い出します。
そこで金兵衛は夢から覚め、人間一生の楽しみも粟餅一臼を蒸す一瞬の間と悟って田舎へ帰って行く、というお話です。

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作2『箱入娘面屋人魚』

出典: http://yaplog.jp

1791年に刊行された山東京伝の作で 歌川豊国の絵の黄表紙です。
浮世絵師 豊国の的確な画像によって、挿絵のある小説よりも、絵本と言った領域になっています。昔話の浦島太郎を題材に、人間と鯉のラブストーリーです。今の漫画界でも人間と人間以外の動物のラブストーリーはブームですが、江戸時代にもあったんですね。江戸時代に一番流行った黄表紙です。

江戸時代に絵本みたいな『黄表紙』を不動のものにした『箱入娘面屋人魚』の内容とは

出典: https://ameblo.jp

浦島太郎は乙姫様の愛人となって龍宮上に居候してしまいます。なんと、太郎は美しい乙姫さまにも飽きたので、鯉の娼婦と浮気したところ、鯉は妊娠してしまいます。こっそり出産させたものの、浦島太郎は保身のため赤ちゃん人魚を捨ててしまうんですね。
捨てられた人魚の行く末やいかに…でも、紆余曲折いろいろあって、最後は人魚も人間に!2人は末永く幸せに暮らしましたとさ。となるんです。

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作3『江戸生艶気樺焼』

1785年に刊行された東京伝の作で、北尾政演の絵の黄表紙です。
北尾正寅とは、山東京伝が、北尾重政に浮世絵を学び、画号を北尾政演と称しました。
ですので、黄表紙は. 山東京伝作の絵本ですよね。
 黄表紙と言われるとこの話が出てくるくらい、黄表紙の代名詞となっている話です。
内容は、他愛もない話ですが、江戸の人々は、熱狂しました。
『黄表紙』は、だいたい6~8文で売られていたようすね。
落語にも出てくる当時の安い食べ物の代表“かけそば”が16文だったというから、6~8文は現在の貨幣価値に換算すると100円から200円くらいでしょう。だから、このリーズナブルな価格設定が江戸時代の人たちに黄表紙が広まったのでしょう。

江戸時代の絵本みたいな『黄表紙』の代表作『江戸生艶気樺焼』の内容とは

出典: https://ameblo.jp

これは、黄表紙ならではの。洒落本のような内容を含んだ笑える本です。
団子鼻がチャームポイントで、金持ちのひとり息子の仇気屋艶二郎は、醜男なのにうぬぼれ屋です。
色男の浮名を流したいため、悪友2人を相談役に、金にものをいわせて色男になるため奮闘する艶二郎。さまざまな芝居を打ちますが、すべて失敗してしまいますが、最後は、懲りて改心するハッピーエンドのお話です。
主人公の艶二郎はハチャメチャだけどどこか憎めないキャラクターが受け、黄表紙は爆発的に売れ、江戸時代の「うぬぼれ男」の代名詞となり人気者になりました。

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作4『大悲千禄本』

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1785年に刊行された芝全交の作で北尾政演(山東京伝)が絵を描いた作品です。
芝全交は江戸時代の黄表紙作家です。江戸の商人吉川氏の子で、水戸藩の狂言師山本藤七の養子となり,その業をついでいました。黄表紙を書くのをこのみ,「大悲千禄本」「芝全交智恵之程」などの黄表紙を多数あらわし,山東京伝とならび称されました。

江戸時代の絵本みたいな『黄表紙』なかで、「ええっいいの?」と言う題材「大悲千禄本」の内容とは

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なんと、子の黄表紙のお話の内容なんですが、不景気に困った千手観音様が、「面皮千兵衛」というインチキ実業家の口車に乗せられて、その手をレンタルするっていうお話なんです。
江戸時代って、結構みんな宗教大事にしていましたよね。でも、千手観音が話の主人公になっています。
レンタルした相手が、
・戦で腕を失った武士の霊
・文字が書けない人
・遊女の仕事の手伝い?
何ともおおらかな江戸時代宗教感の話ですよね。

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作5『東海道中膝栗毛』

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1802年~1814年にかけて、山東京伝に影響を受け、十返舎一九が書いたのが「東海道中膝栗毛」です。
これは、十返舎一九が挿絵も版木も自分で作っていた時期もありましたが、歌川豊国や喜多川式麿が絵を描いていました。

現代でも読まれている、江戸時代に書かれた黄表紙の大作「東海道中膝栗毛」の内容とは

この黄表紙は江戸時代の神田八丁堀の裏長屋の住人、栃面屋弥次郎兵衛と、居候の喜多八は、妻と死別したり、仕事上の失敗から勤務先を解雇されたりなど、それぞれの人生で不運が続いたので、厄落としにお伊勢参りの旅に出ることを決意します。
身上を整理して財産をふろしき包み一つにまとめ、旅立った二人が、道中記です。
狂歌・洒落・冗談をかわし合い、いたずらを働いては失敗を繰り返し、イタズラを仕掛けたり地元のグルメに舌鼓を打ったりする様子を面白おかしく描いたものです。
そして、さらに京都、大坂へとめぐります

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作6「南総里見八犬伝」

1814年~1842年にかけて曲亭馬琴によって書かれた全98巻、106冊の大作です。絵は、柳川重信によって、大部分が書かれ、途中から2世にバトンタッチし、歌川貞秀も途中で描いています。
江戸時代は、連載中にも関わらず、歌舞伎や浄瑠璃で上演されるほどの人気作だったということです。
現代の漫画『ドラゴンボールZ』の元ネタと言われています。

黄表紙としては異例、歌舞伎や浄瑠璃でも大ヒットした「南総里見八犬伝」の内容とは

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下総の結城合戦に敗れた里見義実は、安房に渡って里見家を再興しました。
でも、安西景連に攻められて苦しみ、景連をかみ殺した功績に報いて飼犬八房に愛娘伏姫と結婚させます。伏姫は富山の洞窟で八房に感応し、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の8個の珠と白気がその胎内から出ました。のちに、八犬士が各地に出生し、波瀾に富む事件に出会いつつ数奇な離合を繰り返し、やがて里見家に集まって家臣となり、里見家を再興します。

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作7『心学早染艸』

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1790年に山東京伝の作です。絵は北尾政美の名前を使っています。
京伝が、「黄表紙は理屈くさいのが嫌われるというけど、今回は理屈くささをあえてネタにしてみたよ」と、注釈をつけて、発表した作品です。ですので、黄表紙にしては、まじめな内容になっています。

黄表紙としては、結構まじめな内容に取り組んだ「心学早染艸」の内容とは

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天上界で偉い神様が、シャボン玉のようなものを吹いて、生まれたての赤ちゃんの体に入ると魂となるのです。
最初はきれいな形の魂「善玉」ですが、飛んでいるうちにゆがんで悪い魂「悪玉」になることもあるそうです。
さて、日本橋の裕福な商人のところに生まれた赤ちゃんにはどんな魂が入ることやら。
善玉が入り順調に成長し、絵に描いたようなマジメ好青年となった理太郎ですが。仕事に疲れてウトウトお昼寝してしまいます。
体の中の善玉も「たまには」と息抜きに出かけようとした……その時!かつて理太郎の体に入り損ねた悪玉が仲間を連れて善玉を捕まえ、まんまと理太郎の体に入り込むことに成功してしまいます。どうなるのでしょうか

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作8『人間一生胸算用』

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1791年に刊行された山東京伝 作・画の黄表紙「心学早染艸」の続編です。
大人気キャラクターとなった善玉が「前作が好評だったのでスポンサーの勧めもあり続編出したよ!」と今でも通じるような笑える挨拶から始まります。
この善玉が作者の山東京伝を連れて冒険に繰り出す話になっています。

黄表紙なのに、まじめなネタに取り組んだ「心学早染艸」の続編「人間一生胸算用」の内容とは

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黄表紙にしては、斬新な発想です。サイエンス映画にもありそうなネタの 善玉と山東京伝が豆粒のように小さくなって男の体のなかへ入って行くのです。
さて体内に入ってみると、なんとそこは小さな国になっており、リーダー格の「心」に手綱を握られた「耳」「目」「鼻」「手」「足」「口」がいました。
さて、どんな、冒険をするのでしょうか。今でも通じるコンセプトですよね。

江戸時代庶民文化の漫画『黄表紙』代表作9『無益委記』

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1781年に刊行された恋川春町 作・画の『無益委記』は江戸時代のSF漫画です。
現在になってみると、未来予知がかなり的中していて面白いです。

聖徳太子が未来を予想して書いたといわれる『未来記』のパロディ漫画『無益委記』の内容とは、

1781年に刊行された恋川春町 作・画の『無益委記』は江戸時代のSF漫画です。
現在になってみると、未来予知がかなり的中していて面白いです。

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聖徳太子が未来を予想して書いたといわれる『未来記』のパロディ『無益委記』の内容とは、

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江戸時代とすっかり違っている世界を描いています。
新しいもの好きの人が多いために、春が旬の鰹が冬にも売られていたり、アンテナのように細長い髷や、めちゃくちゃ太い帯、だらしないほど長い着物を着ていたりと、繁華街へ遊びに行く若者のファッションが奇抜になっています。
「食べ物の旬がなくなる」「理解不能な若者ファッション」は、どちらも現代に通じていますね。

まとめ

江戸時代の大人の絵本・漫画といわれる「黄表紙」です。
シュールで現在に通じるものが多くて、日本人の好きなものって時代が変わってもあんまり変わらないんだなあと思いませんか。

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