『貴様』は尊敬語だった?意味や由来などを紹介!
漫画やアニメなどで「貴様ーっ!」と相手を罵るような悪いイメージを持つ言葉。そのような言葉の元々の意味を知っていますか?『貴様』の他に『お前』や『てめえ』などもそれに当たります。今と昔では言葉の持つ意味が異なる不思議な言葉をこちらで紹介します。
目次
『貴様』は元々尊敬語だった?!
『貴様』とは、中世末から近世初期頃に武家の文書で使われていた言葉で、「目上を敬う」意味で使われる尊敬語でした。
近世後期頃から文書のみならず話し言葉としても使われ始め、一般庶民へも『貴様』という言葉が広がったようです。そのため、元々の意味としてあった敬意の意味が薄れていき、さらに同等以下の者に対しても『貴様』が使われるようになったようです。
現代の『貴様』の意味とは?
日常会話の中では滅多に使うことない『貴様』という言葉ですが、マンガやアニメなどでよく見かけるかもしれません。相手と戦ったり、罵り合ったりしているシーン、そしてそこで放たれる『貴様ーっ!』という相手を罵ったり見下したりするこの言葉。現在の『貴様』という語はこの悪い意味が一般的ですね。
『貴様』の由来とは?歴史を解説!
現代ではあまり良い意味を持たない『貴様』という言葉ですが、歴史を遡ってみると元々の意味は「目上を敬う」尊敬語だったことがわかります。
良い意味を持つ『貴様』という語が、どのように変化して現代のように悪い意味を持つ『貴様』に変化したのでしょうか。歴史を振り返って紐解いていきましょう。
元々文章で使われる言葉だった
元々『貴様』という言葉は室町時代から江戸時代に武家の書簡で使われていた語で、二人称(例:あなた)の代名詞として使われていました。
『貴様』の意味は漢字を見ると分かるとおり、【貴】=あなた、貴い(たっとい)+【様】(=意味は現代と同じ)という、「目上を敬う語」として使われていた歴史があります。また、男性女性共に用いる語のひとつでした。
遊女が客に対して使っていた?
一説には、江戸時代初期、京都の遊女がお客として来るお殿様達を呼ぶ際に『貴様』と呼んで、敬意を表していたようです。また、遊女が使い始めたことにより一般庶民にもこの『貴様』という語が広まり、一般化が進んだと言われています。
『貴様』という言葉は、相手を敬う良い意味の言葉として使われていたので、当時は男性だけでなく、女性も用いる言葉でした。
『貴様』が良い意味で使われなくなった理由って?
江戸時代後期には一般庶民にも広く『貴様』という語が広まり、一般化してきました。それにより、『貴様』が持つ本来の「敬意」「尊敬」という良い意味が徐々になくなってきたと言われます。そして、この頃から「目上に対して使う語」である『貴様』を、自分より同等以下の者に対しても使うようになっていったのです。
このような歴史があり、かつては良い意味を持っていた『貴様』という語が、徐々に現代の悪い意味へに変化していったのです。では、どのように『貴様』という語の意味が変化していったのでしょうか。
軍隊で使われていた
『貴様』という言葉は、明治時代〜大正時代には軍隊で使われる「軍用語」としても定着しました。語が定着した当初は、「見下し」や「罵り」などの悪い意味は一切含まれず、同僚を呼ぶ際に「親しみを込めて、お互いに隔たりがない」という良い意味で『貴様』と呼んでいたようです。また『貴様』には同僚に対する尊敬の意味も含まれていました。
上官を呼ぶ際にはそれぞれの肩書きで呼ばなければいけなかったので、『貴様』という語は同僚同士での呼び名であったそうです。
態度の悪い上官のせい?
昭和時代も戦前を迎えると、軍隊の中でも『貴様』という語の使われ方が変化していきます。それまでは同僚同士で相手に敬う良い意味だった語が、上官が部下を「見下して」呼ぶ際に『貴様』という語を使うように変化していったのです。
上官が部下に対して使う『貴様』とは、相手(部下)を「“呼び捨て”で呼ぶ」という意味が含まれていて、それが広がると同時に、同僚同士で呼び合っていた『貴様』という語は薄れていったようです。
『貴様』と同じ敬語だった言葉は?
『貴様』の他にも、元々は相手を敬う意味を持つ「尊敬語」だったにも関わらず、歴史や文化により言葉の持つ本来の意味が変化してしまった言葉は他にもあります。
お前
「お前」と言う言葉は、元々『御前』という漢字を使って書きます。江戸時代前期には、貴人に対して敬意を意味する語として、二人称として使われてきました。また、その当時は男性女性共に用いる語であり、目上の人に対して用いられる語でした。
元々の意味として、貴人を敬う以外に、神仏を敬う尊敬語でもありました。これは現代でも変化することなく、「みまえ(御前)」や「おんまえ(御前)」と神仏を敬う意味の語として使われています。
現代では、主に男性が同輩を呼ぶ際に使ったり、男性や女性が目下の親族を呼ぶのに使います。但し、人と場合によっては相手に不快感を与えてしまうため、あまり好まれないことが多い言葉のひとつでもあります。
また、『お前』に「さん」を付けて『おまえさん』と呼ばれることもあります。意味は『お前』とは異なり、どちらかと言うと『あんた』に近い意味になりますが、丁寧さを意図にもった表現です。
【番外編】『貴様』以外の二人称について解説!
あなた
相手の名前に「さん」を付けるか、『あなた』とするのが日本語では最も一般的な二人称と言えます。但し、目上の相手に対して『あなた』という呼び方は失礼に当たってしまうので、使い方には注意が必要です。また、少し“距離”を感じる呼び方になりますので、親しい間柄では使わないでしょう。
ビジネスの場面などで目上の相手に使う場合は、『あなた』に「様」を付ける『あなた様』か、先に述べた相手の名前に「さん」を付ける呼び方が無難です。
また、ひらがなで『あなた』と書くことが多いですが、漢字で書く場合は「貴方」、相手が女性の場合には「貴女」、相手が男性の場合には稀に「貴男」と書くこともあります。
そちら
漢字では『其方』という漢字を使って書きます。元々の意味は『其方(そち、そなた)』『其の方(そのほう)』という語で、上の地位にある者が下の地位の者に対して使う言葉でした。
現代では元々の意味は失われ、上下関係はなく、聞き手自身や聞き手の側を指す語になります。「そちら様」というように『そちら』に「様」を付けて、改まった場で使われることもあります。カジュアルな言い方として「そっち」とも言いますが、『そちら』の方が丁寧な表現になります。
あんた
『あなた』という語を発声する際に、母音融合(言い易く言葉を変化させる)が起こって変化した言い方です。
「おまえ」に「さん」を付けた『おまえさん』という表現に近い意味を持ち、現代では東日本と西日本とでは扱われ方が異なります。東日本では卑俗な言い方とされる場合もありますが、西日本のほとんどでは「親愛を込める」という意味も含まれている、よく使われる言葉のひとつです。
このように、地域によって同じ言葉であっても意味が異なるというのは珍しくありません。
君
主に男性が同等の相手、または目下の相手に対して使う言葉ですが、女性も人によっては使うこともあります。
過去には「女性から恋人や夫に対しては使わない」とされてきましたが、最近ではお互いに「君」と呼び合うカップルもいるそうです。
また、『君』から派生した呼び方に『チミ』というものもありますが、これは専らギャグで用いられる表現のため、フォーマルな場面で使うのは不適切です。
お宅
人に対して用いる言葉ですが、相手が人ではなく会社や組織であっても使われる言葉です。『あなた様』と同じように、『お宅』に「さん」を付ける『おたくさん』という言葉もよく聞かれます。
また、この『お宅』は『オタク』の語源でもあります。
てめえ
『てめえ』という言葉は、元々『手前』と書き、「敬意を表す」意味を持ちました。先に述べた『あんた』と同じく、母音融合を起こした言い方で「てまえ→てみえ→てめえ」のように変化しました。
元々の意味である『手前』は、「私」と言うところをへりくだり、相手に対する立ち位置から表現した敬意表現(謙譲語)です。よって、本来は一人称(例:わたし)であり、転じて二人称(例:おまえ)の代名詞となります。
現代では、主に東日本の方言として使われています。
また、『貴様』と同じく、現代の『てめえ』という語には悪い意味が含まれていますが、これは、相手側から見て手前、つまり相手自身を指す用法が一般的になりました。この場合、『手前』が持つ元々の敬意の意味はなく、相手を見下して、且つ威圧的なイメージを与える表現になります。
貴様は時代の流れで悪い意味になった数少ない言葉
「言葉は時代や歴史によって変化する」と言われますが、『貴様』は時代の流れで悪い意味に変化してしまった言葉の代表格です。相手を敬う尊敬語が一般化し、それが誤用され、更に誤用の意味を持ったまま、広く現代にまで引き継がれました。『貴様』という言葉が尊敬語だったなんて、現代のイメージを持っているとなんだか不思議な感じがしますね。
それとは反対に、現代では良い意味が一般的である「素晴しい(すばらしい)」という語は、歴史を遡ると元々は「ひどい」「とんでもない」というようなどちらかというと悪い意味を持つ言葉だったそうです。
このように、現代使っている言葉もあと数年、数十年、はたまた数百年すると、今とは別の意味を持つ言葉に変化するかもしれません。時代の背景と照らし合わせてみると、言葉の変化というものはとても興味深いものですね。