なぜ魔女狩りが起こったのか?暗黒時代と呼ばれた中世ヨーロッパの歴史
中世ヨーロッパの暗黒時代には、魔女狩りが行われていたと言います。しかも魔女狩りの裁判の理由が理不尽なんですね。暗黒時代と言う中世ヨーロッパの混乱を沈めるために、罪のない女性が裁判で処刑されるなんて酷い話です。これは絶対に繰り返してはならない歴史ですね。
目次
中世ヨーロッパで行われた魔女狩りとは?
異端審問の結果で、拷問を受けたり処刑されたり
中世ヨーロッパで14~17世紀に渡って、キリスト教を信じていない、いわゆる異端者が異端審問を受け、その結果として拷問を受けたり、処刑されたりと、魔女狩りと呼ばれる行為が実際に行われていました。
魔女と言うと、ディズニーアニメの魔女だったり、ジブリの魔女の宅急便を思い浮かべる方もいると思いますが、当時そんな超能力を使ったような出来事は、当然のごとく起きていませんでした。
単に、キリスト教を信じていない人をあぶり出すために行われていて、一種の濡れ衣を着せられて、処刑された人数は数十万人はいたとされています。
魔女狩りと言えば、ジャンヌ・ダルクも有名ですね。
魔女として摘発されたのは、年老いた女性が多かったようですが、男性も魔女狩りに処せられていたこともあるそうです。
大雨や地震などの天才であったり、乳母の乳が出なくなったなど、全ての元凶は魔女にあるとされ、中世のヨーロッパでは、何度も魔女狩りが決行されていたようです。
他にも、気に入らない相手がいると「あいつは魔女だ。」みたいな密告もあったそうで、料理をしているだけで「魔女が毒薬を作っている」など、真実がねじ曲げられることも多かったそう。
魔女狩りでは、このような通報があったら、即処刑で、今のように弁護士がいて裁かれるなどは一切なく、異端尋問の結果次第では、拷問を受けたり処刑されたりと、中世ヨーロッパでは黒歴史として残っています。
なぜ、中世ヨーロッパで、魔女狩りが行われたのか?また、どんな拷問を受けたりしたのか?など以下にまとめてみました。
子供の頃、初めて魔女狩りのことを知ったとき、中世ってなんて恐ろしい時代だったんだろう愕然とした覚えがあるんですけど、今日からまた国会でモリカケという異端審問が始まって、現代って中世とほとんど変わらないんじゃんと気づいて震えてる。無実の人に平然と濡れ衣を着せる連中がいまだにいる。
— 遠子先輩 (@murrhauser) November 15, 2017
中世ヨーロッパに魔女狩りが広まった理由
中世ヨーロッパに魔女狩りが広まったのはある本の影響?
魔女と疑われると裁判の権利もなかった?
中世ヨーロッパで長きにわたって、大々的に行われた魔女狩りが、広まったきっかけは一冊の本からでした。
魔女狩りのマニュアル本と呼ばれる「魔女の鎚(つち)」という本が、ドイツの神父ハインリヒ・クレーマーさんとヨハン・シュプレンガーさんの2人によって執筆され、執筆自体は1484年に始まりました。
その本には、魔女の生活の様子や使うとされている魔術など、魔女の実態が詳しく紹介されていました。
しかもその本には、拷問の方法や処刑の方法等も書かれていて、魔女狩りに特化した完全なマニュアル本として読まれていたそうです。
マニュアル本としての効果もさることながら、その本の一番の癌となる点は、おおよそ全ての災害が魔女にあると書かれていたことです。
全ての災厄は魔女のせいだ!と信じ込ませることで、布教を勧め、気に食わない人物やキリスト教を信じない異端者を処刑したり、拷問していたんですね。
暗黒時代と呼ばれる中世のある期間に、魔女狩りが行われたり、異端審問などの裁判が開かれていたのは、政府に対する苦情などを誤魔化すためだったのではないかと思います。
全て魔女のせいにすることで、非難の矛先を変えていたのでは?と思わないでもないです。
セイレムの魔女狩りといえば、それを題材にした戯曲『るつぼ』を高校生の頃授業で読みました。農夫と不義姦通している美少女アビゲイルが魔女告発事件の中心人物になるのですが、一緒に読んだ友人がアビゲイルという名前をバスタードでしか知らず、男であると思い込んだまま読み終えたという事件が……
— ベーテ・有理・黒崎/Yuli K. Bethe (@YKBethe) November 20, 2017
中世ヨーロッパの魔女狩りの拷問方法は?
死より辛い拷問があったそうです。
裁判の証拠にするために拷問をしていた?
中世ヨーロッパでは、異端審問にかかる前に魔女は、身体検査を受けるのですが、これ自体がすでに拷問のようなものでした。
というのも、例えば、体のどこかにアザがある場合、その箇所を針などで刺し、血が出ないと魔女であるとされました。
魔女であるかどうかを、異端審問で裁判するためには、証拠が一応必要になるので、こんな感じの方法で、魔女である証拠を見つけていたんですね。
もし証拠が見つからない場合は、かなり酷い拷問を受けます。
例えば、まず全身の毛を剃って全裸にし、縄で縛った後、鞭で叩きます。
更にペンチで指をしめあげ、体に真っ赤に焼けたコテを押しつけたり。
他にも、体を梯子にしばりつけ、手足の関節を無理やり外したり。
裸のままで、天井から何時間も吊るしたり。
手足の指を切断するなどの拷問もあったようです。
熱く焼いたペンチで、体の皮膚をはがすなど、人間を人間と思わないような拷問もあったりと、魔女と認められる証拠が出るまで、拷問は続いたそうです。
魔女と疑われた人が、この苦しみから逃れるためには「自分は魔女です。」と自白するしかなかったんです。
ただ、苦しみから逃れたとしても、許されることはなく、100%処刑をされました。
火あぶりが有名ですが、魔女と疑われたら、中世ヨーロッパでは、もう生きる権利がなかったわけですね。
魔女狩りがまだ蔓延っていたヨーロッパの18世紀初頭、拷問を擁護したクリスティアン・トマージウスという大学教授は友達に認識の甘さをこっ酷く指摘され、
それから魔女狩りについて徹底的に調べ上げたのち「自分は間違っていた」と認めて拷問に断固反対した。
自身の誤りを認められる人は強い。
— ショウ (@ShoooooLos) November 21, 2017
中世ヨーロッパの魔女狩り:猫を飼っただけでアウト!
中世ヨーロッパの魔女裁判は理不尽な内容でした。
理不尽すぎる魔女裁判
中世ヨーロッパの暗黒時代では、魔女裁判の内容もかなり理不尽な物だったと言います。
というのも、猫を飼っていただけで「お前は、猫を飼っているな?魔女ということで死刑だ。」となり、それは男性であっても魔女として、異端審問などで裁かれました。
当時はまだ科学が発達しておらず、迷信が信じられていた時代でもあります。
例えば、1435年に、ドイツのアグネス・ベルナウアーという女性が魔女裁判で、処刑されました。
その時の魔女としての証拠が、かなり理不尽なのですが、一部をご紹介しますと。
●猫を飼っている女性もしくは男性
●一人暮らしの女性もしくは男性
●年老いた女性である(お婆さんである)
●一人ぼっちで、友達がない女性もしくは男性
●教育が不十分な出来の悪い女性もしくは男性
これらの理不尽な内容が、魔女であることの確たる証拠として、異端審問などでも裁判沙汰になりました。
前述もしましたが、魔女であると疑われただけで、100%処刑されていた暗黒時代です。
拷問を受けるよりは、魔女であることを認め、処刑された方がマシと思えるほど拷問内容は凄まじいものだったんですね。
ロンドン塔もまた、そんな魔女と関わりのある建物ではありますが、エインズワースの「ロンドン塔」という小説に当時のイギリスの内容が、詳しく書かれています。
改宗しなければ、死という暗黒時代もありましたが、魔女狩りはそれの上を行く理不尽さと凶悪さだったわけですね。
中世の魔女狩り…あの暗黒時代民衆を震え上がらせた拷問具…… 魔女?を座らせ串刺し……!アイアン・メイデン(鋼鉄の処女) まるであの腹の中だな……この部屋は……!
— 板倉 (@interi893bot) November 22, 2017
中世ヨーロッパは、暗黒時代だった?!
中世では血なまぐさい暗黒時代が続いていました。
魔女狩りや魔女裁判が横行していた時代
中世ヨーロッパと言うと、若い方なら、RPGなどで古き良き時代というイメージも強いかも知れませんが、真実は暗黒時代と呼ばれる時代が何年も続き、魔女狩りや魔女裁判が横行していた時代でもあります。
5世紀~15世紀くらいまで、ヨーロッパは暗黒時代と呼ばれるほど、色々な物事が混乱のさなかにありました。
イングランドとフランスの100年戦争や、スペインでのレコンキスタ、モンゴル帝国との戦争のさなかのペストの大流行など、民衆は不安と恐怖にさらされていたんですね。
混沌としていた状況では、国民は常にストレスがたまり、そのはけ口を求めていました。
このまま放っておけば、国自体が成り立たなくなる。
そこで行われたのが、魔女裁判や魔女狩りというわけです。
簡単に言ってしまうと、全ての災厄は魔女のせいだとすることで、王族などに集まる不満を解消していたんですね。
ちょっとでも気に入らない相手がいれば「あいつは魔女だ。」と密告し、魔女と疑われると、異端審問と酷い拷問が待っていました。
名前に異端審問とあるので、ちゃんとした裁判をやっていたかというと決してそうではなく、拷問で無理やり魔女にする、それだけの制度と言っても過言ではないほど、酷い魔女裁判や魔女狩りが横行していたのが、中世ヨーロッパだったんですね。
匿名の人間の恐ろしさは歴史を紐解けばすぐ分かるよ。魔女狩りとか皇帝降ろしとか。民衆の前での処刑、拷問。それを一番笑って見ていたのは、教科書に載らない名前のない人々。
いつの世も、責任を取らなくていいと思ってる人間の言うこととやることは怖いもんです。
— ちょきんぎょ。@人外小説家@転生吸血鬼さん五巻&コミック11/15発売! (@tyokin_gyo_maru) November 6, 2017
中世ヨーロッパで、魔女狩りの対象となったアグネスさん①
魔女と疑われる内容に違和感しか感じません。
魔女裁判は、裁判という名前だけの存在
前述しましたが、魔女裁判では、アグネス・ベルナウアーさんもまた、このめちゃくちゃな魔女狩りの被害者でっした。
彼女は、ドイツ南部のアウクスブルクで裕福な家に生まれ、何不自由のない生活を送り、領主であるバイエルン公家の御曹司アルブレヒトに見初められて結婚しました。
彼女は25歳で処刑されていますが、一目ぼれされるだろうなという美貌の持ち主であったと言います。
しかし彼女にとって不幸だったのが、この領主との結婚でした。
確かに裕福な商人の家に生まれたとはいえ、当時は身分制度がありましたので、これを良しとしない、バイエルン公=アルブレヒトの父親は、二人の結婚に大反対していました。
そして、どうしても言うことを聞かない二人の仲を引き裂くために、「あの女は魔女だ!息子は魔法でたぶらかされている!あの女を処刑しろ!」なんて言い出して、アグネスさんは魔女裁判にかけられます。
今なら勘当だ!くらいで済む話ですが、当時はそんなことで済まなかったんですね。
勘違いしちゃいけないのは、魔女裁判、魔女狩りと言うのは、当時の科学水準で可能な、最高の科学的手法によってなされた公衆衛生対策だったって点だ。
— simesaba0141/MJ号 (@simesaba0141) November 18, 2017
「事象である疫病の蔓延」の原因として「悪魔とその手先である魔女」を類推し、その対策として、「病原体」としての魔女を根絶しようとしたのだ。
中世ヨーロッパで、魔女狩りの対象となったアグネスさん②
裁判は難癖をつけるためだけの存在だった?
魔女裁判は、ただの飾りだった。
アグネスさんは、魔女ではなく、単に父親に気にいられなかったというだけの理由で、魔女と認定されます。
歴史的に見ても、一部では有名な事件らしいですね。
当時の歴史を見てみると、世間もまた、アグネスさんが魔女であることを認め、アグネスさんは魔女裁判という名前だけの裁判にかけられます。
アグネスさんの処刑方法は、ドナウ川に突き落とされて溺死させられるというもの。
有名な火あぶりの他に、拷問の数と同じくらい処刑方法もあったということかも知れません。
ただ、この不幸な事件の唯一の救いは、後世の人が憐みの感情を持ってくれたということです。
19世紀になると、このアグネスさんを主題にした戯曲が上映され、アグネスさんの死を悼んでくれる人が現れたのは、救いだったでしょうね。
他にも、地元・バイエルンでは、毎年彼女の死を悼む野外劇なども上演されているようです。
ドイツにはケーキにも「アグネス・ベルナウアートルテ」という名前のスイーツがあるそうで、後世の人は、彼女のことを忘れないようにと、色々偲んでくれているということですね。
拷問、処刑、異端審問。魔女狩り、革命、近親相姦。戦乱、凌辱、宗教裁判etc……西洋史の闇は深い……な漫画を借してもらった。面白かったよ pic.twitter.com/PgMKEnJT7e
— 耕陽 (@sasa_canoe) November 22, 2017
中世ヨーロッパの魔女狩りでの魔女を見分ける方法とは?
魔女を探し出す方法が、酷過ぎる!
セーラム魔女裁判では、魔女を見分ける方法があった?!
セーラム魔女裁判では、魔女を見分ける方法として、10の事柄を挙げています。
魔女裁判として、歴史上もっとも有名とも思われる魔女裁判ですね。
これに一つでも該当すれば、魔女ということで処刑されたんですね。
では、その10の事柄とは何か?ですが。
1:実態のない証言があった
告発者が、夢や幻視の中で、魔女の行いをしているという実在しない夢の中の人物と似ているだけで、告発されたと言います。
2:体に悪魔の印がある
魔女=病気を持っていると、皆に災いが降りかかるということで、体の痣などが魔女の印とされました。
3:魔女のケーキを食べさせる
魔女のケーキは、魔女の分身だとされていて、ある取調べでは、ライ麦と、魔女の邪悪な魔術に苦しんでいる少女の尿でできた魔女のケーキを、犬に食べさせることがあります。
魔女と疑われている女性は「ケーキを食べることで痛みに叫び声をあげるはずだ」との何ともどうしようもない理由で魔女と疑われることも。
4:魔女の乳首を持っている
ほくろや痣、皮膚の珍しい傷跡が乳首にある女性は、皆魔女と疑われました。
ここを刺して、血が出なければ、魔女認定というわけです。
5:魔女の仕業を見つける
告白された女性の家を探し、人形や、薬の入った大釜、占い本を持っているだけで、魔女と疑われました。
6:主の祈りが上手かどうかで見分ける
主の祈りをすらすらと言えるかどうかで、魔女かどうかを見分けていたと言います。
どもったりしたら、魔女確定というわけです。
7:直接触れさせる
魔術に苦しんでいる者が、告発者に触られて痛みがなくなる場合は、魔女と疑われました。
8:水に沈めて、自白を強要することも
魔女と疑われている女性が、なかなか自白しない時には、水に何度も沈めたりして、自白を強要していたそうです。
9:石を抱かせる
重い石で圧迫し、自白を強要させる一種の拷問ですね。
この拷問では、しゃべることはおろか、息をすることも出来なかったと思われます。
10:縄で縛って水に沈める
手足を縄で縛られ、重い石をくくりつけて、水に沈められるという拷問にかけられた女性もいます。
体が水に浮けば、魔女として認定されますが、浮いて来た女性は誰ひとりいないんだとか。
という感じで、セーラム魔女裁判では、ほぼ自白させるための拷問が主であったようです。
不眠の刑なんていうのも存在し、これは昔の中国でも行われていた拷問方法ですが、数々の拷問を繰り返しながら、眠ることを許されず、眠りたいなら自白しろ!という感じの刑が、不眠の刑として、昔から行われていたと言います。
不眠の刑から免れるためには、自白するしかなく、不眠の刑が終わった後は、今度は魔女としての処刑が待っているというわけですね。
人間は眠るのは我慢できませんから、不眠の刑は、なかなかに有効な拷問方法だったと言えます。
今夕お目にかかった親切な女性が、90年代、中学時代をカナダで過ごした人で、現地の学校の修学旅行(みたいなやつ)でボストンにあるセーラム魔女博物館に行ったそうだ。そこから魔女狩りについていろいろ学び、決して昔の話ではないと思ったそうだ。人間の愚考の記録はかくも有用なのかと思った。
— 早川タダノリ (@hayakawa2600) May 2, 2017
中世ヨーロッパの魔女狩りの処刑&拷問方法:一覧
鉄の処女は、有名な拷問道具ですね。
魔女狩りの拷問では、歴史に残っているものだけでも、38種類以上もの拷問が行われていたと言います。
不眠の刑や鉄の処女と呼ばれる道具の拷問などが、有名ですね。
では、どんな拷問方法があったのか、厳選して10個にまとめ、一覧にしてみました。
1:火刑
(ジャンヌ・ダルクが殺された方法で、火あぶりです。)
2:水責め
(漏斗を喉奥に押し込み、鼻をふさいでから大量の水を飲ませる拷問)
3:吊るし刑
(後ろ手に縛り、足に重りを括りつけて滑車で吊るし上げ、肩を脱臼させる拷問)
4:斬首刑
(断頭台の上に首を置き、斧や大剣で首をはねられる処刑方法)
5:皮剥ぎの刑
(生きたまま、全身の皮を剥がれる拷問)
6:鋸挽きの刑
(のこぎりで、生きたまま首などを引き裂く刑罰)
7:松の木折り
(曲げた2本の松の木に、犠牲者の両足を縛って固定し、執行人がロープを切ると、木が元に戻る反動で身体は真っ二つに引きか裂かれるという処刑方法)
8:釜茹で刑
(油や熱湯で満たされた釜の中で犠牲者を茹で、重度の火傷を負わせて殺す処刑方法)
9:磔(はりつけ)刑
(イエスキリストも処刑された方法で、自重が胸に集中し、呼吸困難に陥って窒息死させる処刑方法)
10:鉄の処女で血を抜かれる
(鉄の棺を閉めると、中にいる人物の体中に針が刺さり、失血死で殺す処刑方法)
他にも色々ありますが、有名どころを集めてみました。
不眠の刑にしても、その他の拷問にしても、紀元前に中国もやっていた拷問です。
時代や歴史が進んでも、拷問をするという文化が消えないのは、不思議ですね。
(オタクなので)いっとき魔女裁判周りの文献をちみちみ漁っていたことがあるのですが、「どこまで人間に対して残虐プレイが出来るか競争」染みている魔女狩りとか魔女裁判ですが「やってる方はかなり大真面目に魔女に恐怖して、パニックに陥りながらやっていた」という記述が興味深かったですね。
— 🍙 (@1gho) November 20, 2017
ロンドン塔でわかる、当時の魔女狩りの様子
ロンドン塔では、過激な王族の争いが…
ロンドン塔では、レディー・ジェーン・グレイの生きざまが主題?
エインズワースという人物によって書かれた小説「ロンドン塔」では、悲劇の女王ジェーン・グレイがヒロインとなっています。
当時の女王として君臨するはずだったジェーンと夫の悲しい処刑シーンもあります。
ちなみに、夏目漱石はこの小説が好きで、イギリスに行った時に良く訪れていたんだとか。
旺文社の小説には、カップリングということで、夏目漱石のロンドン塔の話が収録されています。
イングランド・テューダー朝の王位継承をめぐる政争に巻き込まれ、わずか9日間の在位で、王位をおわれた悲劇の女王ジェーンと夫の悲恋とも言えるお話ですが、政治にかかわる争いは、本当に醜い感じがしますね。
ジェーンは、ロンドン塔に半年間幽閉された後、斬首刑にあいます。
夫もまた同時期に斬首されますが、二人の愛情は永遠に変わりませんでした。
改宗すれば助かるとか、宗教紛争は、ロンドン塔にもあったと言うことですね。
「ジェーン・ドウの解剖」鑑賞。
— axl46 (@axl46) September 28, 2017
クライマックスに近づくにつれて少々雑になっていくが、何とも言えない不安感は継続していくのでダルさは感じず観続けれると思う。
魔女狩り等異端審問の犠牲者たちの怨念は、人類を根絶やしにするまで未来永劫続いていくのだと思うと、実に恐ろしく感じてしまう。
まとめ:なぜ魔女狩りが起こったのか?
歴史を紐解いてみると、魔女狩りは、王族などの人達に民衆の不満が募らないようにと、目隠しの意味もあったのでは?と思います。
怒りのはけ口にされた、魔女と呼ばれる善良な一般市民。
女性も男性もまた、魔女ということで、魔女裁判にかけられて命を落としています。
不眠の刑は、古代中国にもある拷問方法ですし、火あぶりもまた、あのジャンヌ・ダルクが処刑された方法ということで有名かも知れません。
歴史は繰り返すと言いますが、魔女狩りがまた再現されることはあってはならないことです。
なぜ魔女狩りが起こったのか?ということをしっかりと勉強し、同じ状況にならないように、歴史から学ぶべきなのかも知れないですね。